2015-01-22

『旅の重さ』と『スプートニクの恋人

最近70年代日本映画が好きで、よく観る。

映っている風景とか、生活とか、人間関係を眺めていると、いまの日本よりもゆったりしているというか、こまやかなところがあって、懐かしいというか、そこはかとなく憧れを持ってしまう感じだ。



『旅の重さ』という1972年作品は、母子家庭から家出した主人公(女)が、四国お遍路さんをしながら、いろいろな人と出会っていく話だ。

少女と大人の女の中間にいるような主人公の独特なありかたを描こうとしているようで、当時としてはかなりきわどかっただろう性的描写もある。



とくに印象的だったのは、旅芸人の一座と合流した主人公が、女優の一人と海水浴をするシーンだ。

奔放な大人の女という感じの女優が、人気のない入江へ走って行って、服を脱ぎ捨てて海に入っていく。

主人公最初のうちは戸惑っているのだけれど、やがて自分パンツ一枚になって、海に入って二人で遊ぶ。

その後、主人公女優にすっかり心を打ち明けて、泣きながら抱きつくうちに、二人は身体を重ねる。



この一連の流れを観ていて、村上春樹の『スプートニクの恋人』が思い浮かんだ。

すみれは憧れのミュウギリシアの島に行って、全裸海水浴をする。

結局上手くいかないのだけれど、すみれミュウと身体を重ねようとして、一夜を過ごす。



この映画小説の一部分に出てくるレズビアン的な関係は、細かいところは違っているはずなのに、全体的な雰囲気としてはとてもよく似ているように感じる。

村上さんは若い頃『旅の重さ』を観て、後年にこのイメージがどこか心の片隅に残っていたということはなかったのだろうか。

こういう影響関係は、だれか研究している人がいたりするのだろうか。

知っている人がいたら教えて欲しいと思った。

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