俺はこれまでまともに芸術に触れたことが無いので、これは飽くまで俺の想像でしかない。
奇抜なものから誰にでも美しさが分かるものまで、すべての芸術において、それが生まれて来なければならなかった理由がある。
むしろそういう動機に裏付けられていることが、芸術であるための必要条件であるように思う。
こと前衛芸術の分野は人に理解されないことが多いので、芸術=意味不明みたいな残念な図式が多かれ少なかれ生まれてしまっているように思うが、そこにつけ込んで
みたいなことを考えてるエセ芸術家以外は、必然性を持って制作に当たっているはずだ。
一般的な美的センスに訴えかけてくる作品については、そんなに構えなくても、自分の感性に従順であれば良いだろう。
なんだかよく分からない、その芸術家独特の世界観に依る作品、前衛的な手法を持って表現される作品についてはそうではないと思う。
普通の感性しか持たない人間がただ見ただけでは「意味がわからない」という感想しか生まれてこないのではないか。
見た人間に意味が分かろうが分かるまいが、必ずその芸術作品には何かしらの真意が込められている。
特殊な人間の考えることを普通の人間が完全に見抜くことはほぼ無理だと思うが、せめてその意味を探ろうとすることくらいは出来る。
俺が芸術作品を見るにあたって必要だと思うのはそういう姿勢だ。
というか普通に暮らす上でも「なんだかよく分からないものに対して多少なりとも理解しようと試みる姿勢」って必要というか、あったほうがいいよなあと思う。