2024-04-01

夢(No.1239 2024/3/29)

隣家には美しい婦人が住んでいた。時々挨拶を交わすくらいでさほど深い付き合いもなかったのだが、どういうわけだか今日、その家の家政婦が私に電話をしてきてこんなことを言い出した。「近頃うちのお嬢さんがなかなか学校に行きたがらないのです、どうにか通学できるよう手伝っていただけないでしょうか」詳しく話を聞いたもののどうも要領を得ない。その家の少女はよく知っていたが、いたって快活で特に問題がありそうな様子もないのだ。それでも家政婦がしつこく懇願するので、仕方なく隣家に忍び込んで調べるはめになった。

裏口のドアの陰に潜んで様子を見ていたが、特に変わった様子もなく少女は支度をして家を出ていく。やはり何もないじゃないかと気を緩めかけたところ、最後の瞬間に気付かれてしまった。ひどく驚いて逃げてゆくので、慌てて追いかけて理由説明する。だが気が動転しているのか、まったく耳を貸してくれない。困惑しているとちょうどその家の次女が通りかかったので、事情を話して母親を呼んで欲しいと頼んだ。次女の方はまるで反応が違い、あっけらかんとした様子で学校から出てくる長い行列を指さした。どうやら母親はこの列の中にいるという意味らしい。無数の人の波を目で追っていると、確かに見知った婦人の姿があった。だが手を振っても反応がない。ぼくの姿には気づいているのに、意図的無視しているようだ。すると今度はその家の末の弟が近づいてきて、母親はすっかり脅えているらしいと教えてくれた。こんな状態では何も解決できない。諦めて家政婦に電話しようとするが、今度は連絡先が分からない。なんだかもう全てがすっかり面倒くさくなってしまった。

ふと我に返ると、自宅近くだというのにいつの間にか周囲の光景は見慣れない商店街であった。曲がりくねった坂道に山奥の温泉街を思わせる古びた建物が立ち並び、異国風レストラン土産物を売る露店が面白い。どの店の看板も強烈な陽射しに灼けて色褪せ、文字を判読することすらできない。考えてみると自分の行動範囲はいつも家の正面方向ばかりだったが、裏手に回るとこんな奇妙な場所が開けているとは思いもよらなかった。どの店もいい具合に郷愁を誘う寂れた佇まいで、思わず足を踏み入れてみたくなるが、中でもひときわ巨大な水槽を置いた店が目に留まった。壁ほどもあるアクリルガラスの向こう側にいかにもグロテスクな姿をした深海魚優雅に泳ぐなか、甲冑のような金属の装甲を纏った一匹がぎこちなく浮遊していた。ナショナルジオグラフィック誌で見た板皮類を想起させる。どうやら怪我病気で上手く泳げなくなった個体を店主が素人なりに治療した結果のようだ。

隣の店は古書の露店だった。古書店といっても吹きさらしの棚に申し訳程度の数冊を並べただけで、少し寂しい気がする。おそらくもう何年も品物の出入りがないに違いない。手に取る者もおらず、風に吹かれてページをはためかせるだけの書物なんて、もはや植物の枝と変わりないではないか

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