社会で生きていく上で、多くの人に好かれるように、或いは嫌われないようにするのは大切なことだ。
でも八方美人が嫌いな人がいるように、全ての人に嫌われないように生きるのが無理だってことも、ほとんどの人は知っている。
タケモトさんは、俺たちマスダ家の隣に住んでいる人だ。
ちょっと露悪的な言葉遣いが目立つが案外度量の広い人格者で、ハロウィン大作戦での出来事は記憶に新しい。
「買いかぶるな。オレだって、嫌いな人間の一人や二人や三人や四人いる」
謙遜にも聞こえたが、タケモトさんはそう思われることを見越したように、とある人間について語り始めた。
「オレが、学生やってた頃の話だ。当時、オレが住んでいた町には、とある嫌われ者がいた。勿論、オレもあいつが嫌いだった」
「どんな人でした?」
「そうだなあ……控えめに言って、人に嫌われるために生まれてきたようなやつだったよ。非の打ち所しかない人物だ」
タケモトさんから語られる『あいつ』に関するエピソードは些細なものから壮大なものまで様々だった。
「あいつの口癖は『悪いけど』なんだが、そう言うわりに全く悪びれているように見えない。そうやって、あいつがやたらと使うもんだから、俺の住んでいた町では『悪いけど』ってのは、本心では悪いとは思っていないときに使う言葉として認知されるようになった」
そうして語られるエピソードによって、『あいつ』の人格は俺たち兄弟の中でどんどん形作られていった。
「あいつの言ったことで今でも思い出すのが、『自分がされて嫌なことを他人にするなっていうけどさ、大した理屈じゃないよなあ。他人に嫌がって欲しいから自分がされて嫌なことをするんじゃん』ってセリフだ。あいつの性格の悪さの象徴している」
なんだか随分とタケモトさんが雄弁に語るものだから、俺は案外『あいつ』のことを嫌っていないんじゃないか、だなんて思うほどだった。
弟がそんな邪推をしてみると、タケモトさんはそれすらも見越して語る。
「いや、間違いなく嫌いだよ。嫌いであることを忘れないために、悪感情を持続させるのさ」
そのときの俺たちは、タケモトさんのその言葉の意味をよく理解できていなかったんだ。
家に帰ってからも、弟は『あいつ』のことが気になって仕方なかったらしい。
怖いもの見たさなのか、『あいつ』のいる町に行くと言い出した。
タケモトさんの話を聞く限り、とても俺には興味が湧くようなものではなかったが、こうなったら弟は止められない。
そして、弟一人に行動させてロクなことにならないのは容易に想像できる。
仕方なく、俺が付き添うことを条件に、『あいつ』のいる町に行くことを了承した。
≪ 前 当日、俺たちはタケモトさんが以前住んでいた町に赴いた。 ここに今でも『あいつ』がいるかは分からないが、弟は手当たり次第に話を聞いていくつもりらしい。 弟の、こうい...
≪ 前 家路に着いた俺たちには、未だくすぶっている気持ちがあった。 わざわざ町にまで出向いて色んな人に尋ねたのに知的好奇心をなんら満たせず、それでも持ち帰ったお土産は妙に...
≪ 前 「その出来事以外は特筆することのない、天気もフツーの日だった。 その日もあいつは、道行く人にくだらねえちょっかいをかけて、追いかけてくる人たちから笑いながら逃げて...