2007-03-02

自称、他称、頭が「いい人」って悲しい

http://anond.hatelabo.jp/20070224120207

ここから爆発した議論読んでいて思うこと。

自称「頭いい人」も結構書き込みしてる割には、皆大概「頭いい」って言葉に踊らされてるよなあ。

定義も明らかにしていないこんな言葉に、人の人生を決めるほどの力があるのか?

「頭がいい」って自称にしろ他称にしろ、そんなに言うほど良い言葉だろうか?

頭がいいってことにも色々ある。

天才と呼ばれる人の家系には分裂病が多く、

一点の才能に恵まれていても重度の読字障害を持っている極端な人もいれば

総合力で勝負な人もいるわけだ。

まあそんなことは置いておいても、ほんとに頭のいい人なら、

自分が頭がいいかなんて気にしない。

そんな陳腐な表現で自分を終わらせることなんてしないだろう。

自分はどんなことができるのか、能力を持っているのか、何をしてきたか。

そういうこと考えて頭悩ますんじゃないかな、せめて。

仮に自分のこと頭いいと思っていても、

履歴書の自己アピールに、「私は頭がいいです」って書く?というイメージかな。

それでも「頭がいい」ってのは良い意味言葉ではあるから、

他人を評するときに使うのは悪くないかもしれない。

時にそう表現するしか言葉が思い当たらないほどすごい人もいるし。

でも多くの場合は、「あの人っていい人だよね」の「いい人」に似た、

ちょっと適当な感じが含まれてるような気もする。

そんな漠然とした表現で評価されても・・・という悲しさ。感じないだろうか。

自分のことならなおさら、「頭がいい」なんて適当な評価で済ませたり、

そんなことにこだわって様々な結果に帰結して考えることは悲しくないか。

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