はてなキーワード: 当座預金とは
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これ見て公共事業や給付金を100兆規模でやらないと日銀に100兆円の国債引き受けをさせるのは無理だと勘違いしてる人がいそうだけど、今は中央政府の一般会計だけで50兆くらいの赤字で、借り換えも毎年100兆円以上やってるので、歳出も一切増やさず減税も全くしなかったとしても、民間金融機関に国債借り換えてもらうのをやめて、すべて日銀が貸すだけで一年100兆円以上の引き受けが可能。これでデフレ脱却ができるかどうかは「税収を上回る財政赤字を日銀に全部引き受けさせるような事をしても、新たに公共事業や減税を追加しない限り将来インフレになることはない」と信じる人がどれくらいいるかによるということになるはず。
あと「企業の株社債の発行では儲からない」と書いてあるから、日銀の通貨発行も儲からないかのような印象を持ってしまう人もいそうだが、民間企業と違って日銀は無利子で日銀券・日銀当座預金という債券を売って、有利子の債券を民間金融機関から買うことで資金供給してるので基本的に必ず儲かる。ただ利益は全て国家納付するから、「日銀は儲からない」ということを強調したいなら、例として不適切な民間企業の株社債の話は持ち出さず、国庫納付金のことを指摘するだけでいいように思う。
小沢氏、預貯金「ゼロ」=多額保有も過去16年記載なし-衆院資産公開
昨夏の衆院選で当選した国会議員の個人資産が8日公開され、小沢一郎民主党幹事長が預貯金などの金融資産を「なし」と資産等報告書に記載していたことが分かった。
1993年に始まった資産公開は衆院で7回目。小沢氏は、資金管理団体「陸山会」をめぐる事件で多額の預金や現金資産の一端を明らかにしながら、過去の報告書は「なし」としており、改めて公開制度のあり方が問われそうだ。
事件で東京地検特捜部は、陸山会が2004年10月の不動産購入の原資とした4億円にはゼネコン資金が含まれていたとみて捜査を進めた。しかし、小沢氏は「個人資産だ」と主張。先月23日、特捜部の任意聴取後の記者会見で「89年に銀行から引き出した2億円、97年に家族名義の口座から引き出した3億円、02年に家族名義から出した6000万円を事務所の金庫に保管し、04年10月には金庫に4億数千万円残っていた」と説明、疑惑を否定した。
その後の記者会見では「91年に心臓病で入院し、万が一という意識があり(預金口座を)家族名義にした」「(家族名義の)資金はわたしのお金」と明かした。
しかし、過去の資産等報告書には預貯金、金銭信託ともに「なし」。資産が増えた場合の資産補充等報告書は過去3回提出されたが、いずれも「該当なし」。制度開始後の約16年間、小沢氏の金融資産は表に出なかった。
衆院事務局によると、たんす預金は対象外だが、家族名義でも実質議員本人のものは公開対象。小沢氏の説明や報告書通りであれば、資金を公表義務のない当座預金や普通預金で保有していたことになり、これ以外なら虚偽報告に当たる可能性も出てくる。
小沢氏事務所には文書で回答を求めたが、8日までに回答はなかった。
深尾光洋
デフレ経済の下では、金利が低くても貸し倒れリスクのない現金や政府の信用に裏打ちされた預金、国債などを保有するインセンティブ(誘因)が強まる。物価が下落している状況では、地価、株価は下がるが、現金は価値が低下しない。このため、設備投資や住宅投資が低迷し、現預金の保有が増加する。
金融政策面では、日銀がさらに量的緩和や企業債務の直接買い入れを進めることで、ある程度は景気を下支えできるが、効果は限定的である。巨額赤字を抱える財政にも景気を支える余力はあまり残っていない。為替相場の円安誘導についても、海外景気が好調だった03-04年とは異なり強い非難を浴びる可能性が高く、採用は無理だろう。
では全く打つ手がないのか。そこで今後検討が必要と思われるのが、金利をマイナスにすることの是非である。
もちろん、短に日銀がマイナス金利で銀行や企業にお金を貸し出しても、銀行貸出を拡大させる効果はあまりない。これは現金という安全資産が大量にあるからだ。銀行も日銀からマイナス2%でお金を借りられるのであれば、日銀から借りられるだけ借金をして現金で積んでおくことで、リスクなしの2%の利ざやを稼ぐだろう。
だが課税をうまく使うことで、政府は税収を得ながら景気を刺激する事が可能である。これは実質的に金利をマイナスにする政策であり、こうした「マイナス金利政策」は今後検討に値しよう。
マイナス金利は、ケインズが『一般理論』で紹介した、シルビオ・ゲゼル(ドイツ人の経済学者)の紙幣に対する印紙税構想として知られている。ゲゼルはお札の裏に印紙をはる欄を多数設け、毎週印紙をはりつけないとお札が流通できなくする事で現金に課税することを提案した。
今日では、ATMや自動販売機が普及しており、お札に印紙を貼って流通させるのは非常に不便である。また現金のほかにも、政府保証のある預金、クレジットカード、デビットカード、電子マネーなどが支払いのために広範に使用できる。このため現金だけに課税しても、支出を刺激する効果は限られている。しかし、課税方式を変えることで有効になる。
たとえば、お金に使用期限をつけるか、使用しなければ価値が下がっていくようにすればよい。どんなに物価が下がっていても、家電量販店のポイントや航空会社のマイレージは、使用期限が切れる前に使うのと同じである。
そこで、政府が価値を保証している現金、預金、国債などの金融資産に対し、デフレによる実質価値上昇分を課税すればよい。同じ金額の安全資産で購入できる財・サービスがデフレで増加する分を、税金で政府が吸収するのだ。
課税対象は日本政府が直接間接に元本を保証する円建ての金融資産であり、国債、地方債、預金、現金などである。
現金は、色を変えるなどして新券を印刷し、旧券と交換するとき手数料を取れば良い。
そうすれば、課税対象の安全資産から、株式、社債、耐久消費財、不動産などに資金がシフトし、景気は刺激される。銀行も課税される日銀当座預金を減らし貸し出しを増加させるだろう。政治的には大きな困難を伴うだろうが、税率二%で三十兆円以上の税収が見込める。これは全国民に二十万円現金を支給してもおつりが来る金額になる。
ケインズ学派から「構造改革」派が議論を横取り? 不況政局に利用
それが政府紙幣発行をめぐる賛否両論、とくに自民党内に議員研究会が設立されると、こんどは旧小泉スクールにも飛び火し、竹中ブレーンの一人と言われた高橋洋一(東洋大学教授)が、突如、政府紙幣発行の旗振り役を演じだした。
もともと丹羽理論を応用するかのようにノーベル経済学賞の二人が新政府発行論を揚言した。スティグリッツとクルーグマンだ。とくに後者は政局の変動にカメレオンのごとく説を曲げる、変える、豹変する。ところがクルーグマン信者が日本のエコノミストに多いから始末に負えないのだ。
日銀の08年末の資金供給量は101兆2610億円。3年ぶりに100兆円の大台を超えている。これは金融機関などの資金繰りを支える目的で、とくに年末資金を供給した。量的緩和政策である。
具体的には金融機関の日銀当座預金の残高と、紙幣や貨幣の残高の合計が通貨供給量。 日銀は2008年11月から当座預金の一部に0.1%の金利を付けている。当座預金に金利がつくというのは異常事態である。(或る意味で、この措置は政府紙幣発行が別のかたちの国債発行であるとすれば、同様な効果がある)
そもそもの政府紙幣発行とは、太政官札による幕末維新の藩札の統一が近代日本では嚆矢であり、江戸の金銀小判の流通がやんで、紙幣経済が日本に落ち着いた。日銀はまだ無かった。
丹羽説は総需要喚起、あまっている生産体制を稼働させ、実効需要を増やせとするケインズ理論の延長にあり、純粋に学問的仮説なのである。
ところが、これまで顧みられなかったこの議論、クルーグマンのインフレ目標値などの珍説とともに米国内の議論をみて、あわてて飛びついてきた経済学者、エコノミスト、ジャーナリストらの大合唱が巻き起こり、状況が激変したのだ。
政府紙幣発行議論は自民党内で白熱し、細田博之幹事長は記者会見で「そんなことができるなら毎年30兆円ずつ発行し、(国・地方の)800兆円の借金を全額返したらどうか。空理空論で意味がない」と否定的態度を表す(2月2日)。
一方、前向きなのは菅義偉・選挙対策副委員長ら。「これだけの危機の中、政治主導でいろんなことがあってもいい」と含みを持たせた。
こうした政府紙幣発行議論に対して日銀の白川方明総裁は否定的。
「通貨に対する信認が害される恐れがある」と強調したうえ、「政府の債務返済能力への疑念から「長期金利の上昇を招く」とむしろ副作用の危険性を指摘した。
▲日銀は当惑どころか明らかに反対
白川総裁は政府紙幣が市中で流通した後、日銀に戻ってきた紙幣を(1)政府が回収する場合、(2)そのまま日銀が引き受ける場合があり、それぞれ問題があるとした。
現在、10円、50円、100円、500円などの硬貨はまぎれもなく「政府紙幣」であり、日銀に還流してきた硬貨の一部は政府が日銀から回収している。
政府が日銀に回収分と同額の財源を渡しているが、政府紙幣も同じ仕組みになると、「(発行額に見合った)資金調達が必要になるという意味で国債の発行と実体的に変わらない」(白川総裁)
財務省の杉本和行次官は「政府紙幣は財政規律との関係から慎重な検討が必要。発行には法改正もいる」と官僚らしく面倒臭そう。また財政法に抵触する可能性があり、貨幣法の改正が必要だろうと手続きが輻輳する可能性にも言及した。
私見を述べれば、アカデミックな議論が、突如、政局に利用されている感じが否めない。もともと丹羽春樹教授の「政府貨幣発行による打ち出の小槌」は、学説であり、政治のレベルに降りるときは必ずしも学説通りに実行されない。与野党の妥協の結果、かえって中途半端な実行がなされると(まさに高橋洋一説は丹羽説の歪曲)、景気回復に繋がらない可能性も出る。
丹羽春喜教授の仮説は、そのまま実施される可能性がないゆえに、かえって危ない。
ちょうどドル円固定相場の復活論に似ている。つまり固定相場制というのは、理論的に正しく、しかし運用されると猛烈な投機がおこる。人民元相場がまさしく、その犠牲であり、固定の枠内で投機筋は通貨を商品と変える“商機”をそこに見いだすからである。
政府紙幣発行してもそれを銀行に預けれるなら銀行は付利のつく日銀当座預金に寝かせておくだけだし日銀はコール市場とかの金利が下がらないように資金吸収するから貨幣が増えずあまり意味ないんだよね。
さっきマックまで例のクオーターパウンダーを買いに行って帰ってくる途中で考えたことを、メモしておく。
日銀が頑なに量的緩和やりたくないリフレなんかクソ喰らえって言うんなら政府紙幣発行すれば良いじゃん、って話があって、当増田は基本的にリフレ汁派なのでその考え方自体には同意するけど、ただ、技術論としては、本当に紙幣を発行しても、法定通用力なんかあんまり関係なくて、ATMも通らない、自販機でも使えませんって理由から全然流通力がなく、したがって通貨として全然回転しないまま、たちまち銀行に吸い上げられて、そのまま日銀の倉庫で文字通りお蔵入り、その後は単に預金通貨の裏付けとしてだけ意味がある、っていうことになるのは目に見えてる。だったら、紙幣なんか最初から発行しないで、日銀に政府名義の特別な当座預金口座を設けさせ、そこに強制的に何兆円だかの入金記帳させちゃうという法律を作れば済む話じゃないだろうか。まあ、それだと日銀の独立性を余りにもあからさまに損ねるんで、政治的には無理なんだろうけど、どうせ同じ結果になるんだから、いちいち紙幣を印刷するのは無駄だよね。
と思ったんだけど、そうか、最初から1兆円券とかにして、いきなり日銀当預に預けちゃえば良いのか。
その1 http://anond.hatelabo.jp/20081223235800
その2 http://anond.hatelabo.jp/20081224002406
その3 http://anond.hatelabo.jp/20081224004222
(G-3面左下)
11月下旬の3連休、白川は自宅にこもり、講演に使う原稿や資料に熱心に手を入れていた。
26日に予定されている東大での講演には、自分の年来の主張を存分に入れようと思っていたからだ。
「流動性と決済システム」と題したこの講演で、白川は「学界でもマスコミでも金融政策に対する関心が非常に高いが、それが金融市場や決済システムへの無関心の裏返しなら不幸なことだ」と力を込めた。
白川がこれまで、最もやりがいを覚えた仕事は、金利の上げ下げといった華やかな金融政策ではない。「決済システムの進化」という、地味な分野である。
世界では、毎日何百兆円という資金が動き、ある金融機関が倒産すれば、資金繰りに困った金融機関が次々に破綻する危険もある。
企業や銀行の間で日々行われている資金のやりとりは、日本銀行にある民間銀行の当座預金で最終的に決済される。この決済にかかる時間を「即時化」すれば、銀行が思わぬ損失を被ったり、連鎖倒産のリスクを減らしたりすることができる。
白川は、そうした決済システムを改善する仕事に、「モノづくり」にも似た達成感を覚えるという。
シカゴ大学留学時代、市場主義の権威ともいえるミルトン・フリードマンらの影響を受けた。今でも、「市場の機能は大切だと思う」と記者会見などで繰り返す。
ただ、決済システムの仕事を通じて、経済は「自由放任」だけではうまくいかず、「制度設計」は重要だという思いを強めた。
今回の世界金融危機でも、「決済」や「制度設計」の重要性が浮かび上がった。リーマン・ショックの後、各国の金融市場でドル資金が枯渇し、金融機関がドルを入手できなくなる事態が起きた。FRBは、日本など各国の中央銀行とお互いの通貨を交換する協定を結び、各国の金融機関にドルを供給する仕組みをつくった。日銀は、FRBの打診を受ける前から、協定について独自に検討を進めていた。
白川は総裁就任に先立って、日銀法を改めて読み返した。その第1条には、決済や金融システムの安定を意味する「信用秩序の維持」が記されている。
そもそも、世界の中央銀行の多くは、金融システムの危機管理を目的として誕生した。「金融システムの安定は、日銀の最も大切な業務」と白川は職員たちに説いている。■
世界の中央銀行のトップで近年、圧倒的な存在感を示したのが、米FRBのグリーンスパンである。
レーガン政権の1987年から現ブッシュ政権の2006年までFRB議長を18年半も務め、「カリスマ」「巨匠」などと呼ばれた。今でこそバブルをあおった戦犯のように批判を浴びているが、グリーンスパンの巧みな市場操縦術はつい最近まで、セントラルバンカーのお手本だとされていた。
グリーンスパン礼賛の世評があふれるなかで、早くから懐疑的な目を向けてきたのは、ソロモン・ブラザーズ出身のエコノミスト、ヘンリー・カウフマンだ。グリーンスパンの金融政策は、「緩和的すぎる」とカウフマンは見ていた。白川は、親しい知人らには、カウフマンへの賛意を漏らしていた。
白川の友人に、元FRB調査統計局長のマイケル・プレルがいる。まだ現役の局長だった1999年、スピーチでこう述べている。
「企業経営者や消費者、投資家は、FRBを過大に信認し、経済や金融市場のどんな衝撃でも吸収できると思っているため、本来ならとらないようなリスクまでをとっているのだろうか。だとすれば、金融システムは現時点で容易にわかる以上に不安定になる可能性がある」。FRB内部から「グリーンスパン神話」の危うさを指摘したものだったが、プレルは少数派だった。
グリーンスパンの強みは、その組織掌握力や政治力にもあった。異論が噴き出しそうな会議の前にはしっかり根回しをし、政治家にもこまめに接触してFRBへの支持を広げた。厳しい追及を受けそうな記者会見は行わず、有力紙の特定の記者とは懇談し、情報を流す手法を取った。
こうした老獪さで「グリーンスパン神話」と「資産バブル」は加速した。が、その反動もまた大きかった。
就任してまもない白川をグリーンスパンと単純には比較できない。
ただ、戦後初の賛否同数というきわどい決定で利下げが決まった10月31日の会議の後、市場関係者からは「総裁としてのリーダーシップが乏しいのでは」と不安視する声が出た。
今月19日の追加利下げも、政治家や市場の催促を受ける形で「追い込まれた印象」がぬぐえない。市場関係者からは日銀の対応が遅れ気味との指摘が多い。「早めに大胆な企業金融の支援策を効果的に打ち出しておけば、追加の利下げには追い込まれなかったかもしれない」との見方もある。■
http://anond.hatelabo.jp/20081223235800 の続き。
(G-3面左上)
「総裁、私は量的緩和を拡大すべきではないと思います。効果が見込めません」
2003年秋、日銀総裁室。金融政策担当理事の白川方明が、総裁の福井俊彦にそう直言すると、居合わせた数人の幹部に緊張が走った。
「量的緩和に一定の効果はある」。福井は首を縦にふらなかった。
量的緩和政策は、01年、福井の前任の総裁、速水優の時代に導入された。金利を目標に政策を行うのではなく、民間銀行が日銀の当座預金に置いている「資金量」を目標にする政策に切り替えたのだ。
ゼロ金利に戻る中での窮余の策ではあった。ただ、資金量をじゃぶじゃぶにすれば、民間への融資に回ったり、株式などへの投資に回ったりして、経済が活性化するのではないか。そんな期待も背負っていた。
当初の5兆円の目標を段階的に引き上げ、03年に福井が総裁に就任したときには15〜20兆円に膨らんでいた。
白川も、量的緩和に全く効果がないと思っていたわけではない。市場に潤沢に資金が供給されることで、市場に安心感は広がる。しばらく金利引き上げがないという判断から長期金利が下がる効果も見込んでいた。
ただ、01年以降の結果を分析したところ、量的緩和の拡大が直接、株価を上昇させたり、経済の需要を増したりする効果は乏しいと判断した。
「福井総裁は『多少でも効果があるなら、あると言って続けたほうが経済にとって良い』という考え。白川理事は『効果がたいして期待できないのなら、効果があると言い張るのは、ごまかしに近い』と思う。2人の哲学の違いだった」
経済論壇では、もっと根源的で、いまなお決着がつかない二つの考え方の対立がある。
学習院大経済学部長の岩田規久男は「日銀は、ゼロ金利も量的緩和政策も解除すべきではなかった。デフレ(物価の持続的下落)基調は続いており、ゼロ金利に戻すべきだ」と話す。
岩田は、デフレ脱却を提唱する「リフレ派」の代表的な論者として知られ、日銀を激しく批判してきた。デフレ下では、借金をしている企業や個人の負担が重くなったり、人々が価格の下落を待つためにモノを買い控えたりして、経済そのものに大きな打撃を与える、とみる。
「リフレ派」の多くは、バブル崩壊後の不況の大きな原因がデフレにあるとみて、日銀が1〜3%程度の「インフレ目標」を掲げるよう唱えてきた。海外ではこうした目標を採用している国も多く、FRBの議長になったバーナンキを含め、米国の経済学界でも主流だった。小泉政権で閣僚を務めた竹中平蔵や、量的緩和政策をいち早く提唱した元日銀審議委員の中原伸之も、インフレ目標の導入を訴えてきた。
一方、白川ら日銀の多数派はインフレ目標に否定的で、金融政策は、景気全体や地価や株価などの動向も含めて判断すべきとの立場だ。デフレは、資産バブルの崩壊に伴う長期不況の結果であって、デフレが緩やかなペースにとどまる限りは経済に悪影響を与えないとの考えに立つ。
白川と岩田はともに、東大経済学部教授だった小宮隆太郎の門下生である。小宮が02年に編集した本で、2人の弟子はそれぞれ鋭く対立する立場から議論を展開した。
「危機なのだから、一刻も早くゼロ金利の復活を」と主張する「リフレ派」に対し、「日銀派」はゼロ金利や量的緩和に否定的だ。
「日本の超低金利で、米国などに資金が流れ込んだ。世界的バブルの2割ぐらいの責任がある」と日銀の元理事は言う。「リフレ派」の言い分を聞いていたら、バブルは加速し、崩壊のダメージはさらに大きかったとみる。むしろ、もっと早く金利を上げるべきだったという意見が、「日銀派」の中には根強い。■
「総裁、私は量的緩和を拡大すべきではないと思います。効果が見込めません」
2003年秋、日銀総裁室。金融製作担当理事の白川方明が、総裁の福井俊彦にそう直言すると、居合わせた数人の幹部に緊張が走った。「量的緩和に一定の効果はある」。福井は首を縦に振らなかった。
量的緩和政策は、01年、福井の前任の総裁速水優の時代に導入された。金利を目標に政策を行うのではなく、民間銀行が日銀の当座預金に置いている「資金量」を目標にする政策に切り替えたのだ。
(中略)
白川も量的緩和に全く効果がないと思っていたわけではない。市場に潤沢に資金が供給されることで、市場に安心感は広がる。しばらく金利引き上げがないと言う判断から長期金利が下がる効果も見込んでいた。
ただ、01年以降の結果を分析したところ、量的緩和の拡大が直接、株価を上昇させたり、経済の需要を増したりする効果は乏しいと判断した。
「福井総裁は『多少でも効果がるなら、あるといって続けたほうが経済にとってよい』と言う考え。白川理事は『効果が大して期待できないなら、効果があると言い張るのはごまかしに近い』と思う。2人の哲学の違いだった」
それだと、国債や手形を売り買いしてる日銀のオペも財政政策になっちゃうけど。
この状況で「やりすぎる」心配をするのは馬鹿げてるんだから、インフレになるまで買えばいいんじゃね?
実際やっても外需ばっかり伸びる実感の薄い景気回復なってるし、
景気回復といっても、失業率は(長期停滞以前の2%より)まだ高いわけだし、要するにまだまだ足んなかったんでしょ。
素直に減税すりゃ良いだろうに。
...
減税で百兆は無理だけど(国税だと年間55兆、地方税合わせても96兆しか税収ないんだから...)、まあ減税も補助に用いるべきでしょうねえ。
外貨や不動産買うのは国債発行するんだから財政政策のような気がするけど。
それに数年前数十兆為替介入してもデフレ脱却できなかったわけで「十分」といえる額がよくわからないんだよな。数十兆円でも足りないなら数百兆買おうとなると市場で売られてる外債全部買っちゃうレベルだし。実際やっても外需ばっかり伸びる実感の薄い景気回復なってるし、素直に減税すりゃ良いだろうに。
ただ、たとえば2000年前後でいうと毎年100兆円近いと推定されていたGDPギャップを埋めるには、財政政策(せいぜい数兆円でしょ。乗数効果を入れても10兆円は難しい)より金融政策が主役になるのは仕方ないこと。
0金利にして流動性のわなにはまってた2000年ごろなら、なおさら財政政策がんばるべきだったと思うけど。数兆しかできないのは公共事業の話であって減税なら数十兆??百兆はできるんだし当座預金増やすよりよほど即効性がありそう。