はてなキーワード: 俺様とは
ネットで知り合った「物書き志望」みたいな人の文章を読まされることが割とよくあるんだけど、あれって辛い。ほんと辛い。
気がつくとこういうのが多い環境にいるんだよなぁ。なんでだ。
B「証拠出せゴラァ!」
A「lPホストが一緒じゃねぇか」
B「接続切ったらIPホストはかわるんだ。そんなもん証拠になるかゴラァ!証拠出せ証拠」
A「調べたらお前の書き込みは全部IPホスト一緒じゃないか。謝れゴラァ」
B「お前のルールを俺に押しつけるんじゃねぇ。証拠もなしにナリスマシと言い触らした事について謝罪しろよゴラァ」
A「罵倒した事について俺様へのネットマナー違反じゃないか?謝れゴラァ」
B「罵倒した覚えもないのに罵倒したと言った事について謝れゴラァ」
A「謝らないならIPホストを記事に晒すゾゴラァ」
B「謝らなかったら犯罪すんのか謝れゴラァ」
A「犯罪やってもいないのに犯罪者呼ばわりするのは犯罪じゃないか。謝罪しろゴラァ」
C「不毛な争いはやめようよ。全部私が悪いんです。私の為に争わないでお願い」
A「ナリスマシ問題から話そらすな論点ずらしだゴラァ」
B「CはAのナリスマシだろうがゴラァ」
A「嘘つけ!Cはお前のナリスマシだ」
俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様というのが口癖の管理人の運営するサイトで、仲間割れが発生している。
仲間割れしたそいつも、俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様という人で、そいつを擁護する人たちも俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様俺様な人達で、俺様と俺様と俺様を擁護する俺様シンパが激しくぶつかりあうのを、俺様はただ傍観してヲチする。
妙にコメントする人にこびるようになった人を見ると、ああ人がこなくてさびしいんだと思う。「またおこしください」ってわびしい気がする。
なんたってそれまでめちゃくちゃ傲慢だったもんな。コメントされても俺様の意見だから、ひとそれぞれ、というわけのわからない理由で議論にさえなっていなかった。価値相対主義だから議論する必要がないとかいうわけのわからないノリ。なのに自分からふっかけた議論に応答しないと切れたりするんだな、これが。で好んで使う言葉に本質的とか矮小化というのがあるようだが、何が本質的でどのように矮小化されたかは言えない。ただただ相対的に上であることを示したいがために形容詞を駆使する。なんだろうこの中年生物(笑)は。いやそれが中年生物(笑)なのか。
というかポイントがわかってないし、ずれているんだもんな。
実はどうも議論できない人だったようだが。
私の書いた風刺の枝葉末節に見当違いなツッコミを入れて、「疑似科学ハンター」と悦に入っている人がいる。
こんな輩には別に何の興味もないが、前回の記事が「ネタ逃げ」だと思われている節もないではないので、敢えて補足しておく。「傲慢だ」という見当違いな非難を受けたくないし、無内容な長文を書きたくもなかったので、本当は気が進まないのだが。
まず、私のIQが152だと書いたこと、実はこれは完全な嘘というわけでもない。ネット上のIQテストで152という数値を出したことはある。もちろん、ネット上のIQテストの信頼性が高いなどと思っているわけではない。だが、130とか140あたりが上限になっているテストでは必ず上限に達していた。それともう一つ、平均的な人が知的障害者を差別する発言を見聞きすると、「お前らの頭の中身も五十歩百歩だろうが」というのが実感で、正直内心片腹痛いのは事実である。以前、障害者の介護のボランティアをしていたことがあるが、軽度の知的障害者と「健常者」の違いはほとんど認識できなかった。紙一重の差で社会に受容されているかいないかというだけの差にしか思えない。あるいは、例えば「ニート」の名の下に社会から爪弾きされている者の中には、知的障害者か否かの境界的な位置にいる者もいるのかもしれない。
もちろん、こうした見解をひとたび口に出せば暴言としか受け止められない。だから本当は書きたくなかった。しかしながら、「障害者とは相容れない、隔離せよ」といった類の暴論が一定の支持を集めてしまう現状に対しては、「天に唾でしかないこんな暴論を支持する者は、自分自身が『頭の不自由な人』だ」ということを喝破することも必要であった。だが、そういったことを直接的に書けば「煽り乙ww」、前もって断り書きをした上で丁寧に書けば「どこを縦に(ry」と言われるだけだ。所詮、「平均的な人」は「わかりやすい話」でなければ理解できないのだ。そこで苦肉の策として、わざと人目を引くような形で、一人称体の風刺小話を書いてみただけのことだ。要するに形式はネタでも意図は真面目だったわけだ。そもそも風刺とはそういうものだ。IQという数値だって本当は出したくなかったのだが、十分賢い人を連れてこれば「健常者」も障害者同然という状況をわかって頂くには、何らかのわかりやすい基準がなければならなかったのだ。だから、多少の暴論を承知でIQを持ち出したまでだ。「健常者」が「障害者」を暴論で切り捨てていることを告発するのが目的なのだから、レトリックとして敢えて暴論を用いたのは事実である。
ただし、それにもかかわらず、
彼のIQに対する主張は100%トンデモの疑似科学。また、はてぶコメントに「認知心理学では正しい」と書かれているが、そんなコミットメント(原文のママ。「コンセンサス」の誤りか?)は認知心理学会(原文のママ。正しくは「学界」か)には存在しない*1のであしからず。
このようなことを言われるのは心外であるし、正しくすらないと反駁せざるを得ない。
第一に、「知的障害者」がIQを基準に決定されていること、そしてIQを生活年齢と知能年齢の比のパーセント表示で決定する方式があることは事実である。Wikipediaの「知能指数」の記述のうち、「算出法」と「障害者認定」の両箇所を見ればよい。その程度は調べてから書いている。見損なわないでいただきたい。「100%トンデモ」と侮辱的な言葉をぶつけられたが、撤回していただきたいものである。
第二に、
「知能が2倍」ということには自明な定義があるわけではないのだ。だとすれば、知能年齢が2倍であることをもって「知能が2倍」と呼ぶことにして、なんの問題があるか。
と書いたことを「俺様定義」と批判を受けた件。これについては理解できなくもない。しかし、私はこの定義はそれなりに妥当性のあるものだと考えるし、頭ごなしに「俺様定義」と批判されることには異を唱えたい。私の生活実感からすると、未成年者同士での知能の比は年齢の比と近似的に(「近似的」である。くれぐれも「0歳児はどうした」などと下らぬことを言わぬように)一致するように思える。たとえば、18歳のときに12歳の少年と話をする感覚は、12歳のときに8歳の子供と話をする感覚とほぼ同様だった。もちろんこれは主観に過ぎず、検証もできないしできるものだとも思わない。厳密さに欠けるのは当然だ。しかし、そもそも私は学問的に厳密な話をしようとしていたのではなく、感覚的な話をしようとしていたのだ。そのことは文体からでも明らかであろう。「知能」「知能が2倍」という言葉にカギカッコを付けていたことからせめてそのあたりを感じ取って欲しかったのだが、というと望みすぎであろうか。
だいたい以上のごとしである。もはやこれ以上私は下らぬ文章を書きたくないので、これ以降、自称「疑似科学ハンター」の下らない功名心に付き合わされることのないよう望むものである。
蛇足
厳密に書く意図がもとよりないことが文中に明示されているような文章に対して
ま、拙い接続詞の使い方や、こういう詭弁を見れば、まともな論述、論理の訓練を受けてないことは明らかで、騙される事もないと思いますが一応言っとかないとね。これで大学生だったらマジどうしよう。
だとか優越感を露わにしておられるが、私は旧帝大院卒なのだが?
これに対して「学力崩壊」だと嘆くか「ハッタリ」だと憤るか、それとも逆に尻尾を巻いて逃げ出すかはあなたの判断にお任せすることとする。
http://www.kanzaki.com/docs/html/htminfo11.html
細かく言うと、“段落を示すp”“本文を表すbody”などの定義によって文書の構成単位を(抽象的に)示すときは「要素タイプ」(element type = JIS用語では要素型)と呼ばれ、それが実際にHTML文書中に出現しているものを「要素」と呼びます。例えていえば、要素タイプはクッキーの「抜き型」、要素は焼き上がったそれぞれのクッキーみたいなものです。ですから、要素タイプp(抜き型)はそれぞれのDTDにつき一つしかありませんが、実際の文書に出現するp要素(クッキー)は段落の数だけ存在します。
今さらなんですけど、d.hanena.ne.jpで人気エントリーとか注目エントリーとかにその、売るルンさんという俺が知らないし特に興味を持つべき理由も見いだせない(好みの問題ではない。別の人生で互いにリンクなしというだけ)がけなされたのそれで感情を切らしたのそれをとりなすの、という鼻毛以下の価値しかないことが、その内輪やネットでお友達な人や通りすがりな人たちがブックマークを10個ちょっと張った、というだけで、ネットの表玄関のリストにアップされる仕組みというのは、はてな創設時ならともかくですが、なんか別の仕組みをそろそろ構築しろよと思うのです。アルファブロガーだかその候補群だかしらないが、少なくとも売るルンさんのブログ発言なんて過去にさかのぼって、内容ないよね。ブックマークされることが大事で考えていたんでしょ、売るルンさんとその対抗馬の方々?それで友情やケンカ青春ストーリーが生まれるのも自然だがやはり価値ない。ブックマークを、はずしてくれませんか、ブックマークしている方々。そんな無価値な事象が表紙に出て行くのはライトユーザーの俺様たちにはげんなりだ。楽屋芸も甚だしい。ぜひ、それらの人たち全員プライベートモードにして解決まで闘ってください。見えないところで。
お互い仲いいのはむつまじきことでしょうか、まったく共有のしようがない。公然となりすぎないような仕組みをつくってほしいぜ、ぜひぜひ。
http://anond.hatelabo.jp/20070105234430
まあこれだけではなく、ほとんど例外なしにやめた理由を書くのはなぜか。それも「mixiの特徴が自分に合わなかった」という論調になるのはなぜか。つまりこれは単なる優越感ゲームであって、「mixiを続けている連中<mixiを辞めた俺様」というよく判らない価値順列があって、それをそのまま書くと嫌味ったらしいというか、醜い自分の姿に直面してしまうためその回避方法として「mixiの特徴が(略)=自分が悪ぅございました」という迂回路が設けられているわけだ。まあこの手合いは自意識過剰も甚だしいというか、エントリ更新した後何件ブックマークされるか気になってBボタンをクリックしまくるというか、端的に言って俺と同類と、そういうことです(←迂回路)。
http://anond.hatelabo.jp/20061116211051
http://b.hatena.ne.jp/fellows/20050622#bookmark-336055
忙しい俺様はこれくらいしか見つけられない