はてなキーワード: ビックバンとは
あずにゃああああああああああああああん
可愛いよぉおおおおおおおおおおおお
ごきぶりとかいうやつマジ死滅して灰になれや 可愛いだろあのツインテール
せめてクワガタにしろや
てかあのツインテールがあずにゃんの最大のチャームポイントだろ
ってんなわけあるか髪下ろしたあずにゃんも可愛いいよぉおおおおおおお
でもみんなに流されてはめはずしちゃうあずにゃんも可愛いよぉおおおおおおおお
普段しっかりものなのに髪結び忘れちゃうとか! 髪結び忘れちゃうとか!
もはやあずにゃんは誰もがみとめる軽音部のマスコットなわけだし
ってふざけんな あずにゃんに対してマスコットとかふざけた口叩いてんじゃねぇよ
慈愛と美とこの世のあらゆる輝けるものの象徴があずにゃんだろうが
むしろ太陽(笑)もあずにゃんの前では月になっちゃうからあんなに離れたところへ逃げてったわけだし
オリオン座の点とって結んでも星の足りないプラネタリウム(笑)
あずにゃんの可愛さにはおよばねぇよおおおおおおおおおおおおおおおおお
この世の一般的に輝いているといわれているものなんてあずにゃんの前では暗闇同然だろうがあああああ
それをお前等やれダイヤモンドだのきゃーエメラルドだのあほみたいにさわぎやがって
そんな石ころよりもあずにゃんの方がよっぽど価値があるだろうがああああああああ
あずにゃんに価値をつけるなあああああああああああああああああああああああ
ポケットモンスターも原点回帰かしらねえけど白黒とかに支店じゃ寝えよおおおおおおおお
ポケットモンスターあずにゃんはいつ発売するんじゃああああああああ
いいかお前等この世のありとあらゆる生命体が生きていけるのはあずにゃんのおかげってことを忘れるんじゃないぞ
え?この世?
まず人は100年で死ぬジャン?
あと、熱量保存の法則と、エントロピーの法則によって 世界にも寿命があることはわかっているじゃん?
だから、この世はものすごく寿命が長いだけで、永久機関じゃないよ?
※俺的理解 解説
この世の熱量は分散しているだけで一定である
一般的に言うエネルギーとは、ある熱量と、ある熱量の温度差を使って『何か』を得ることである。
どんな運動もロス(エントロピー)があり、差があった熱量の差がすこし小さくなる。
世界の温度が完全に縮まって、世界の温度が完全に均一になったら、そこからエネルギーを取り出すことは不可能。(というか分子・原子すらも熱の差だと考えれば、分子・原子の区別無く等しい状況なので、無に等しい状態になる)
よって、エントロピーにより、世界はいつか完全なる無と近似できる状態に遷移する。これは、世界の死といっても過言ではない。
ビックバンとはこの逆で、完全に均一だった世界を突き崩し、温度差を広げていく現象の事だった。温度に差が出来ることで、分子・原子、いろいろな物が生まれることができた。
かなり迷っていた…
私は屁の音を無音化するのが得意なため、外にいる時はそれで過ごしてきた
しかしどこか部屋等の密室にいるときはヤバイ。無音化しても匂いは残る。かといってあまりに頻繁にトイレへ行きすぎて「女の子だもん☆色々あるんだよ☆」じゃすまなくなってきた今日この頃(そんな事言ってないけど)。
ていうか彼氏も屁をこいていない。
お前、こけよ。先にこけ!そしたら私もすぐに後を追うから。いやマジで。すぐフォローしてやるから、こけ!とか思ってたけど全然こかねえ。こけよ。こっちの肛門がジャストアウェイなんですけどマジで。
とか思ってたらある日彼と屁の話になった。
「俺あんまりでないタチなんだよね(笑)」
死ねよ。
何なの?さわやかに笑いやがって。マジでこいつ何?何その笑顔?ふざけんな!イケメン気取りか。この野郎。確かに好みの顔だ。畜生。
マジかよこいつ……まさかアイドルはうんこしない的なアレなの?
はっきり言って私はするよ?うんこ……とか考えてると本気でビックバンが到来しそうになった。
そしたらなんか急にムカついてきた。しかもなんで笑ってるのか分からない。歌番組じゃねーか!どこに笑う要素が?!
畜生が!この無屁族め。お気楽に過ごしやがってよ!見てろ!そのカッコイイ顔が私の屁の異臭によって歪むのももうすぐだ!
我がS家に代々伝わるこの匂いをとくと嗅ぐがいい。
もう無音化することすら忘れ私は屁をこいていた。
ブゥォッ!という音とともに一瞬遅れてやってくる異臭。私は慣れているため最早臭みなど感じないが、彼は相当に感じたはずである。
彼はテレビからこっちに顔を向けた。
ハハハ、貴様の朗らかなテレビタイムを邪魔してやったのはその通り私さ。さあ思う存分罵るがいい。この屁女王(クイーン)、何を言われようともはや覚悟済みよ……とか思ってたのに、奴、
「あはは!屁こいたー!」
何……だと……?!
な……何朗らかに笑ってやがる……こ……こいつ……
「クサイー」
うちわでこっちに風おこすなや!
扇風機ひっぱってきて奴の方へ屁風を送ると
「ちょwwwwwやめっwwww臭いというより寒いwwwwwwww」
とか言って、ひっついてきた。
ハァ!?何?!こいつ!?
何やってんの!?何で屁こいたばっかなのに抱きついてんの!?正気か?こいつ……余りの臭さに頭がイカれてしまったとでもいうのか……!?
「ひっついてればあったかいね☆」
「女子か!」思わず突っ込んだわ。怒涛の勢いで。
「アハハハハハ」
「ダメだこいつ……早くなんとかしないと……」
「嬉しくねぇー」
「アハハハハハ」
こちとら戦闘意欲満々でこの屁会見に臨んだんだよ!
「ってわからんだろそれ」
「アハハハハ」
何なんだよ!もう!もう!もう!もう!もう!
ちくしょーーーーーーーーーなんか負けた気分。白旗じゃい!
グレンラガン最終話、アンチ=スパイラルのインフィニティ・ビックバンにより危機に立たされる天元突破グレンラガンのシーンより
「永劫に続くネット創生の誹謗中傷に焼かれ、エントリの一片まで完全消滅するがいい!!」
「だが、彼らがこれで終わるはずがない」
「まだだ・・・まだやれる!」
「シモン! ここはまかせてもらおうか。 ラゼンガン・トラックバァァーーーク!」
関連エントリでネットイナゴの前に立ちはだかり、炎上コメントを一気に引き受けるロージェノムブログ。
「お父様・・・!」
「嘆くな、娘よ。一度は絶望と倦怠の海に沈んだこの魂がここまでこれた。仮そめのブログがネットの命の明日を作るならば、本望だ。」
「ええ、確かにそのとおり・・・」
「ニア、お前・・・」
「シモン、あなたはあなたのなすべきことをするためにここまで来た、そうでしょう?」
「わかった、勝つぞこの戦い!必ずな」
「当然だ!」
「所詮は犬死だ、消えろぉぉ!!!」
「・・・それを・・・待っていたァァ!!」
誹謗中傷のネガティブエネルギーをそれに反発するポジティブエネルギーに変換するロージェノム。
「シモォォン、受け取れぇい!」
「ロージェノム、一緒に行くぞ!!!」
「くらえぇぇぇぇぇ!!!」
「させるかぁぁぁぁ!!!」
「なぜだ、お前達のどこにこんな力が・・・」
「俺たちは一分前の俺たちより進化する。1更新すれば、ほんの少しだが前に進む。それがブログなんだよ。」
「それこそが滅びへの道、ブログ族の限界、なぜそれに気づかん!!」
「それは貴様の限界だァ!!この閉ざされたネットで王様気分で他のサイトを封じ込めた貴様自身の限界に過ぎない!!」
「そう、人間にだってもっともっと大きな奴がいたわ。その人たちのためにも私たちは前に進む!」
「人の心は無限。その大きさに私もかけた!!」
「覚えておけ、このブログはこのネットに風穴を開ける。その穴は後から続くものの道となる。
倒れていった者の願いと、後から続く者の希望、二つの想いを二重螺旋に織り込んで明日へと続くエントリを書き込む。
それが天元突破、それがグレンラガン。俺のブログは、天を創るブログだぁぁぁぁ!!!!!」
炎上コメントにも負けず、エントリにエントリを重ね、ついに突き抜けるグレンラガンブログ。
「ならば、このネット、必ず守れよ」
「当然だ・・・人間はそこまで愚かじゃない」
ネットイナゴが崩壊して、ネットに漂っていた叩きの空気が崩れ出す。
「どうした?」
「ネットの狭間に作った嫌悪を支えるだけの力を無くしたのね。」
ネットのあちこちから、次々と書き込みが入っています。
開放されたブログ族たちが、喜びの通信を送ってきているんですよ!
ネットには、こんなに仲間がいたんです!!」
とかいう夢を見た。
「宗教の入り込む余地」というのは、科学を突き詰めた先にあるのではなく、科学のあり方と人間のニーズの合間にこそある。
科学は、どうしてその事態の原因と結果を説明することはできるが、なぜその事態がそのように作用するようにもたらされたのか説明できない。病気の/事故の/なにがしかの不幸の原因を説明することはできるけれど、その病気の/事故の/なにがしかの不幸の原因がなぜ「あのひと」には降りかからず、「このわたし」に降りかかってくるかを説明できない。
また科学は、この世の中がどのように成り立っているかを説明しうるが、どうしてそうのように成り立ったかは説明できない(「なんで」ビックバンが始まったか、とかね)。
久々に興味ある話題なので転載してまとめるよ。
巷で蔓延するニセ科学批判。多くの人間の共感を呼んでいるが、実は問題はそう簡単なことではない。
確かに、追試により証左を求めることが出来ない科学は全て『ニセ科学』だ!
と、定義できればこれほど簡単なことはない。
実際、そのような定義が正しいとは思う。
しかし、科学者自身がニセ科学を批判するには人類が築き上げてきた科学は脆弱すぎる。
科学がニセ科学を糾弾できない真の理由はを知るには『進化論』問題を見れば解るだろう。
なぜ進化論がニセ科学かは、具体的に事例を出してゆ行けば自ずと結論がでるのだが、これは実に根が深い問題である。
人と猿は近い種と考えられているが子供を作ることは出来ない。そこには明確な断絶があり、どのような手段で『進化』がこの壁を乗り越えることが出来たかは今だ明確な説明できない
猪から豚が、狼から多種多様な犬が生まれたからといって、進化はあると言うのは紛れも無いニセ科学的な論法である。事、人間に関してはミッシングリンクなどと言う名称までつけて事の解決を図ろうとしているが、これは現在は実証しようがないと認めているに等しい行為である。
進化論をやっかいなニセ科学にしている理由に多種多様な化石の存在がある。
そして、始祖鳥を筆頭に恐竜から鳥が、魚から両生類が、両生類から爬虫類が…と言うように進化したと言われている。しかし、これを証明できるほど遺伝子工学は進歩していないし、結論は別のものであると考えたほうが遥かに健全であろう。今の段階でこの希望的観測を学校の授業に取り入れるのは間違いである。
クローン猫の事例を出せば納得してもらえるだろうか。
恐らく多くの人間は遺伝子が同一なクローンはオリジナルに極めて近い性質であると考えたであろう。
私もそう予測した。
しかし、実際は違った。模様から性格に至るまでそれは明確に別の固体のように振る舞い、一卵性双生児のように極めて近い存在とはならなかった。しかし、同じ遺伝子であることに間違いは無い。細胞の寿命に関する機能が原因ではないかとも言われているが、多くの遺伝学者、識者が予想もしなかった結論がでた。
つまり、当時のクローン技術で予測された結果は正しくはなかったと言うことだ。
科学とは証左できない存在を排除するプロセスを経て初めて機能する具体的事例をここに出した。
しかし進化論では、状況証拠から結論を予測するしか出来ない。これは間違いを必然的に孕む手法であり、何より間違いを正す手段が無い。
更に言えば、進化論を形作る多数の証拠には扱いに困る物も多い。
例えば、中国政府が北京原人は実在すると主張し続ければ北京原人は存在することになる。(証拠が既に紛失してしまったので検証しようがない)
◆進化論の背景
現在、進化論のような理論が提唱されても学会で否定されるであろう。
このような証左を求めることが出来ない存在は現在の科学では入り込む余地がない。
しかし、これは当時の時代背景を考慮に入れなければ説明できない問題である。
実は科学とはアインシュタインの相対性理論をターニングポイントにその性質がガラリと変わっている。
それまでは、科学には無限の可能性があり、明らかに出来ない事象は存在しないと信じられてきた。
しかし、このドイツ出身の物理学者が提唱した相対性理論によって、そのことが明確に否定されてしまったのだ。ビックバンと呼ばれる宇宙開闢以前の時間が存在しない『モノ』の考証を物理学は放棄した。
これは、当時の科学者には相当な衝撃であり、決して受け入れられないと考えた学者も多かった。
しかし、誰一人、論理的にそれに対抗できる概念を作り出すことが出来なかった。
(その残滓がタキオンやエーテルと言えば理解できるだろうか?)
さて、話は戻るが進化論はアインシュタインの相対性理論発表前にダーウィンが提唱した論文が発端になっている。科学が万能であると信じられた時代の遺物。まだ、科学が錬金術と近い間柄だった時代に生まれた存在である。
はっきり言ってしまえば、進化論とはアインシュタインが科学の万能性を否定する以前の学会だからこそ認められた存在であり、これは科学というより歴史学といったほうが良い代物である。
◆本文を書こうと思った背景
ちょうど大阪大学の菊池誠教授の『水からの伝言』でニセ科学が話題になっていたので常々思っていたことを文章にしてみようかと。それまでは、非常にナイーブな問題で、米国のほうではインテリジェント・デザインとかいう物まで生まれてしまうほど議論にさえならない状態だったこの問題に区切りをつけて、科学とニセ科学を明確に分けたい!という衝動から書かれた文章。
伝えたいことは進化論の科学的な証明プロセスはありえない存在であり、進化論を科学と扱うことを否定して貰えればそれでいい。
進化論が流行らせた最大の間違いは何か?と聞かれれば私は獲得形質を挙げる。
既に遺伝学的に否定された獲得形質ではあるが、
この考えが根本となり、ナチスの優生論が生まれ、多くの人間が犠牲となった。
淘汰は自然には起こらず明確な人の意志によって行われたのだ。
(追記)
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20061226222936
実はこの手の話は感情的になる人間が必ずいる。しかし、大事なことは追試をどう行えば進化論が肯定・否定されるかを彼らが提示することはないという事実だ。
私は進化論が間違いだと言っているわけではない。そもそも進化論は否定する必要さえない段階の説なのだと言っているのだ。
タイトルが釣り過ぎという指摘はその通りでございます。賢い貴方に乾杯。
07:41:09-12/27(水)/2006
インテリデザインという不正確な表記をインテリジェント・デザインに訂正
14:11:45-12/27(水)/2006
【A】に対して。
科学の中でも追試が行われ易い分野とそう出ない分野がある。これは、時間スケールが関係しているよ。長い時間をかけて出来るような、天文学や進化の関連では検証が簡単ではないものが多いです。
でも、進化でも検証されてきてる分野はでてきてる。たとえば、大腸菌を使った進化を検証したものでしょう。だから、まったく、追試が出来ないかと言えばそうではない部分も持ち合わせているようです。それ以外にも社会性の昆虫の分野の性比の問題なども進化的な検証から成果を上げていますよ。パルサー天体のようなものもあるくらいだから恐らく、天文も同じでしょう。また、検証が難しくとも現存するデータで理論が正しいかどうかを確かめる為に統計学を利用しているが、20世紀半ばの集団遺伝学を引っ張ったフィッシャーのように統計学へかなり影響を与えたような事も産まれている。
科学ってものは未解決なものをといていく事で知見が深まっていく。未解決な例を上げて、否定する論法は偽科学と科学の関連でよく使われてるが、それでは説得力が乏しい。たとえば、進化が関連しそうな未解決なものを進化的な方法を取り入れずに解けたならそれは一つの有力な考え方になるだろうし、進化を否定する事につながるかもしれない。要するに、他の方法で未解決なものを説明する試みをしてみないと行けないです。もちろん、インテリジェントデザインのように、超自然的な存在がそうしたのだ。と一言で言われたら、変わりの未解決問題の解決説なのかもしれないが、ここで大きな問題は、超自然的な存在を持ち出す事によって、ブラックボックスを常に作ってしまう事にある。
このブラックボックスってのは、何か都合が悪い事があれば、超自然的な存在の影響だと言う捉え方も可能だし、逆に良い事があってもです。そうする事によって、それ以上の知見を求めない事に問題があると考えていますね。もし、超自然的な存在がいたとしたら、知見を深める事をタブーとはしないと思うけど。倫理的な問題はちょっと別だが。思考を止めて盲目的に信じる事がどのような事に通じるかそれは書かなくてもわかる人が多いだろう。
ただ、偽科学と科学の間にある対立で残念なのは、相互理解が全くないところにある。偽科学だと言われてるものたちが科学(=科学的手法)に対して誤解があるし、科学者が偽科学に対して攻撃的なだけのことも多い。科学じゃないけど、感情的な理解を少しはしていかないと理解はされない。情緒と論理の間の対立のようなものだ。ただし、科学への誤解が解ければ、おそらくニセ科学の多くは科学の顔をしないようになるだろう。
【A】に対して。
そもそも一卵性双生児の性格がまったく一緒かというと、そんなことはないわけで、つまり性格は遺伝要因と環境要因のうち後者の影響が大きいと考えられます(通常は似たような環境で育つので近いものになるとは思いますが)。昔の人はいいことを言った。「生みの親より育ての親」
模様については以下を参照のこと
http://plaza.rakuten.co.jp/kemusiro/diary/200608170000/
素人考えで性格も模様も一緒になるはずと考えるのは勝手ですが、みんなもそう思ってたと考えるのはどうかと思います。どちらも知識さえあれば事前に予測できたことです。昔の人はいいことを言った。「下手の考え休むに似たり」
以下蛇足。
この手の文章を読むと、だいたいどういう方面の人かというのが分かるのだけど(インテリジェントデザインがキリスト教右派の主張の焼き直しにしか過ぎないことがバレバレなように)、この文章はどうも分からない。分からない原因は対立概念が書いてないからだと思うのだけど、「進化論」がニセ科学だとするならば、人間その他の生物はどのようにして発生したと考えているのでしょうか。そこを詳しくききたい。
俺にとって「反証可能であるか」「追試可能であるか」どうかなどどうでもよく、
血液型性格判断も、マイナスイオンも、ゲルマニウムも、水への言葉も
「ナゼ」「どのような仕組みで」と言う部分をすっとばしているから「科学ではない」ではない。と言いたい。
「理由はよく分らないのですが、こうするとこうなります」
ではただの経験則であって、万人に通用するかは分らない。
「B型は身勝手だから」「マイナスイオンは体にいいから」「水が人の心(の波動)を受けるから」
全て「どのような仕組みで」をすっ飛ばしている。
だから『科学ではない』これではいかんのか。
ひとつの理由。
偽者と本物が同じ土俵に立つわけにはいかない。
同じ土俵に立って戦えばピエロになるだけ。
科学とはできないを突き詰めるもの。
可能性を夢想するものではない。
科学は万能などではない。
我々にはできないことの方が多すぎる。
だから前提条件が必要なのだ。
空を飛ぶ為には人間が両手を広げてブーンと言うだけでは飛べない。
これは前提条件だ。
「人間が飛べない」というものを証明したものではない。
同じ論点で、宇宙人がいないと断言するのは間違っている。
「宇宙人は少なくとも確認されていない。」
科学からすれば、それ以上でも以下でもない。
それを「居る」と断じる人たちと戦おうとするのが間違っているのだ。
「居る」「居ない」で戦おうとする人たちに
「いまは確認されていないのでは?」と問う声は届かない。
すべてはおまじない程度の可能性。
すべての可能性は否定はしない。
テレビが映るのを不思議と思わないのに幽霊を見るのは特殊な才能だと思っている。
そんなアンテナ感度の違う人たちと同じ土俵で戦えるわけがない。
仮説にもなっていない言説ということなんでしょうか?
かせつ 0 【仮説】
〔hypothesis〕ある現象を理論的に統一して説明するために立てられた経験科学上の仮定。その真偽の検証は、仮説から必然的に演繹(えんえき)された諸命題を実験や観察によるテストで確かめることによってなされる。検証された仮説は法則や理論として公認される。
しかし、このドイツ出身の物理学者が提唱した相対性理論によって、そのことが明確に否定されてしまったのだ。ビックバンと呼ばれる宇宙開闢以前の時間が存在しない『モノ』の考証を物理学は放棄した。
巷で蔓延するニセ科学批判。多くの人間の共感を呼んでいるが、実は問題はそう簡単なことではない。
確かに、追試により証左を求めることが出来ない科学は全て『ニセ科学』だ!
と、定義できればこれほど簡単なことはない。
実際、そのような定義が正しいとは思う。
しかし、科学者自身がニセ科学を批判するには人類が築き上げてきた科学は脆弱すぎる。
科学がニセ科学を糾弾できない真の理由はを知るには『進化論』問題を見れば解るだろう。
なぜ進化論がニセ科学かは、具体的に事例を出してゆ行けば自ずと結論がでるのだが、これは実に根が深い問題である。
人と猿は近い種と考えられているが子供を作ることは出来ない。そこには明確な断絶があり、どのような手段で『進化』がこの壁を乗り越えることが出来たかは今だ明確な説明できない
猪から豚が、狼から多種多様な犬が生まれたからといって、進化はあると言うのは紛れも無いニセ科学的な論法である。事、人間に関してはミッシングリンクなどと言う名称までつけて事の解決を図ろうとしているが、これは現在は実証しようがないと認めているに等しい行為である。
進化論をやっかいなニセ科学にしている理由に多種多様な化石の存在がある。
そして、始祖鳥を筆頭に恐竜から鳥が、魚から両生類が、両生類から爬虫類が…と言うように進化したと言われている。しかし、これを証明できるほど遺伝子工学は進歩していないし、結論は別のものであると考えたほうが遥かに健全であろう。今の段階でこの希望的観測を学校の授業に取り入れるのは間違いである。
クローン猫の事例を出せば納得してもらえるだろうか。
恐らく多くの人間は遺伝子が同一なクローンはオリジナルに極めて近い性質であると考えたであろう。
私もそう予測した。
しかし、実際は違った。模様から性格に至るまでそれは明確に別の固体のように振る舞い、一卵性双生児のように極めて近い存在とはならなかった。しかし、同じ遺伝子であることに間違いは無い。細胞の寿命に関する機能が原因ではないかとも言われているが、多くの遺伝学者、識者が予想もしなかった結論がでた。
つまり、当時のクローン技術で予測された結果は正しくはなかったと言うことだ。
科学とは証左できない存在を排除するプロセスを経て初めて機能する具体的事例をここに出した。
しかし進化論では、状況証拠から結論を予測するしか出来ない。これは間違いを必然的に孕む手法であり、何より間違いを正す手段が無い。
更に言えば、進化論を形作る多数の証拠には扱いに困る物も多い。
例えば、中国政府が北京原人は実在すると主張し続ければ北京原人は存在することになる。(証拠が既に紛失してしまったので検証しようがない)
現在、進化論のような理論が提唱されても学会で否定されるであろう。
このような証左を求めることが出来ない存在は現在の科学では入り込む余地がない。
しかし、これは当時の時代背景を考慮に入れなければ説明できない問題である。
実は科学とはアインシュタインの相対性理論をターニングポイントにその性質がガラリと変わっている。
それまでは、科学には無限の可能性があり、明らかに出来ない事象は存在しないと信じられてきた。
しかし、このドイツ出身の物理学者が提唱した相対性理論によって、そのことが明確に否定されてしまったのだ。ビックバンと呼ばれる宇宙開闢以前の時間が存在しない『モノ』の考証を物理学は放棄した。
これは、当時の科学者には相当な衝撃であり、決して受け入れられないと考えた学者も多かった。
しかし、誰一人、論理的にそれに対抗できる概念を作り出すことが出来なかった。
(その残滓がタキオンやエーテルと言えば理解できるだろうか?)
さて、話は戻るが進化論はアインシュタインの相対性理論発表前にダーウィンが提唱した論文が発端になっている。科学が万能であると信じられた時代の遺物。まだ、科学が錬金術と近い間柄だった時代に生まれた存在である。
はっきり言ってしまえば、進化論とはアインシュタインが科学の万能性を否定する以前の学会だからこそ認められた存在であり、これは科学というより歴史学といったほうが良い代物である。
ちょうど大阪大学の菊池誠教授の『水からの伝言』でニセ科学が話題になっていたので常々思っていたことを文章にしてみようかと。それまでは、非常にナイーブな問題で、米国のほうではインテリジェント・デザインとかいう物まで生まれてしまうほど議論にさえならない状態だったこの問題に区切りをつけて、科学とニセ科学を明確に分けたい!という衝動から書かれた文章。
伝えたいことは進化論の科学的な証明プロセスはありえない存在であり、進化論を科学と扱うことを否定して貰えればそれでいい。
進化論が流行らせた最大の間違いは何か?と聞かれれば私は獲得形質を挙げる。
既に遺伝学的に否定された獲得形質ではあるが、
この考えが根本となり、ナチスの優生論が生まれ、多くの人間が犠牲となった。
淘汰は自然には起こらず明確な人の意志によって行われたのだ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20061226222936
実はこの手の話は感情的になる人間が必ずいる。しかし、大事なことは追試をどう行えば進化論が肯定・否定されるかを彼らが提示することはないという事実だ。
私は進化論が間違いだと言っているわけではない。そもそも進化論は否定する必要さえない段階の説なのだと言っているのだ。
タイトルが釣り過ぎという指摘はその通りでございます。賢い貴方に乾杯。
(続・科学が『ニセ科学』を糾弾できない本当の理由 - はてな匿名ダイアリーに続く)
07:41:09-12/27(水)/2006
インテリデザインという不正確な表記をインテリジェント・デザインに訂正
14:11:45-12/27(水)/2006
15:05:07-12/28(木)/2006
続編リンク追加