短く言い切った方がカッコイイし、条件を曖昧にした方がバーナム効果で正解っぽさが増すみたいなのを狙ってるのかね。
まるでお役所の書いた書類によくある「調整等を実施する」みたいな後からどうとでも解釈できる余地を残した逃げのようなものを感じるね。
「他人に期待しない」の中身としてなんとなく「皆はこれが言いたいんだろうけど、一つに絞りゃあいいのに」と思ってる代表的なものが3つある。
1 自分で自分を褒めて承認欲求を満たせば、他人に褒められるために頑張る必要はない
2 他者が持つ多面性のウチでその時必要なごく狭い部分意外とは関わらないようにする
3 雑談においては価値観の一致は求めず会話が成立するかの確認だけをする
まあ大体の人は3つのうち1つぐらいは「そうそうこれが言いたくて『他人に期待するな』を使ってんだよ」と感じると思う。
でもこれってどれも別物だよね。
まあ被ってる部分もあるっちゃあるし、複合的な状況になることもあるけど。
それこそ「自分の価値観を褒められたくて他人と雑談をして、真っ向から否定されても、『この人とはこの部分では合わないらしいな』で割り切ればいいし、ひとまず会話は成立するからセーフ」みたいな状況だと1・2・3全部揃うしな。
でもさあ、これ全部ひっくるめて一度に整理しようとするのはやっぱ違うと思うんだよな。
たとえば君が漫画の編集者で、絵と話と題材選びが下手な漫画に対して「全面的に駄目だね」と切り捨てたくなったとして、その表現の仕方では次に繋がる問題解決にはならねえじゃん。
「他人が自分の期待通りの働きをするとは思っていない。もし期待通り進めばラッキー。そうでなければそのフォローは自分がする。これあたりまえ」という意味で使うかな