憧れから飛び込んだ世界で自分の能力が足りなくて24時間365日働き続けていた会社のビル。
実はちょっと前から取り壊して建て直しをしていたらしい。全く知らなかった。
ふとした用事で近くを通り過ぎることはあったのに、絶対にその近辺には近づかなかった。
社長に怒号を浴びせられ、無能だと罵られ、存在価値を徹底的に否定されていたあの頃を思い出すと、
今でも正直胸が締め付けられる感覚になっていた。
ずっと思い出したくなくて、忘れたくて、新しい会社に転職してからはあの頃の記憶を消すくらいにまた同じくらい働いて、
今の会社ではそこそこ評価されるようになって、管理職になったり、後輩にも慕われるようになった。
今の会社の後輩たちには、あの頃の自分なんて想像もつかないかもしれない。
けどあの頃に自分にかかった呪いは、5年経っても解けることはなかった。
もうすぐ10年になるけれど、やっと忘れられるようになってきた。
ふとなくなったビルを見ながらあの頃のことを思い出した。
無能なやつに価値はない、仕事ができなければ価値はない、営業で1本でも案件をとってこれないやつに価値はない、
一緒に組んだ同僚に裏で「あいつは使えない」と言われた日々の記憶は決して消えることはない。
ずっと心の何処かで、自分は所詮そんなもの、自分はやはり無能である、という声が心の何処かから聞こえてきたけれど、
あのビルが無くなって、思い出が場所ごとなくなったような気がした。
誰か俺を見つけてくれ、ずっとそんなことを思っていた。
あの頃の俺は今の俺を見てどう思うだろうか。
もう忘れていいですか。
もう前に進んでいいですか。
呪いはもう解けたのかな。