散々仕事を探し続けてきた人がウチに入ってきた。
が、2週間程度で辞めていった。
仕事が合わないというのはよくある話。珍しくはない。
しかし、五十路にもなって合わないからと散々探してようやく雇用されたという人が言う言葉ではないと思ってしまう。
年齢は関係ないと言う人もいるだろう。
書類選考や面接で弾かれ続けてきた人が合わないからという言葉で辞めるのは、なんとも理解しがたいものがある。
若いうちなら、まあそういうこともある。で済む。
しかし、問題は『なかなか決まらない』状態でようやく決まった雇用であるのに辞めるという所だ。
よっぽど優秀な中年ならまだしも、なかなか探し続けても雇用されないような人物は企業から見ても人材扱いされるのは難しい。
正直な所、四十も越えれば『合わない』ではなく『合わせる』ように変わるべきだと思う。
若い人にも言えるが『合わない』という言葉を都合よく使いすぎている節がある。
合わせるための柔軟さが無いのだ。
前述したように若いうちなら良い。まだチャンスはある。
だが、若い人でもなかなか決まらないようなご時世に、若い人よりもデメリットを背負っている人間が『合わせる』事もせず『合わない』と言っているのが、どうにも愚かしいように感じる。
まあその人が今後どのような結果になろうとも知ったことではないが、今までろくに雇用されないような人が希望した都合のいい職場なんて見つかるわけもないと思う。