数年前。
癌だった。60歳になったら色んなところに旅行に行きたいと言っていたが叶わなかった。
亡くなったときのことが印象に残っている。
母に父が声をかけるが、応えられない。兄弟や親戚が泣いている。
心電図のモニターでから鼓動がだんだん弱っていっているのがわかる。
もうすぐ母が死んでしまうんだと思い、自分も悲しくて立っていられなくなってしまった。
心電図がピーと音を立てたと同時に、堪えていた父も泣きじゃくっていた。
悲しくてつらい気持ちでいっぱいなのに、頭の片隅ではドラマみたいだなとも思った。
亡くなったのは夕方で、遺体と一緒に家に帰ってきたのは21時ころだった。
家族も親戚も、お昼から何も食べていなかったので、適当に買った惣菜なんかをみんなで食べたが、いま食べとかないととか、ここで倒れちゃったらねとか、する必要もない食べる言い訳をしていたのがおかしかった。おかしかったけど、自分もなんだかそういう気持ちになって、おなじようなことを言いながら口に運んだ。
数日ですぐに火葬となったが、骨を拾いながら、自分が亡くなったときは醤油を垂らして香ばしくしてと軽口を叩いていたことが恥ずかしくなった。
忌引で休んでいた仕事に復帰すると、あっという間にいつもの日常が始まった。
仕事以外の時間では、悲しくて仕方なくなることもあったが、普通にお腹は減り、食事をして、あまつさえアイスなんかを嗜む日もあった。そんな自分がなんだか薄情で冷たい人間に思えた。