2021-03-09

今思えば強迫性障害だったのだろうか。そして今も?

ユーミンではないが、小さい頃は神様がいて「ばか」と心の中で唱えたら、バチが当たると思ってすぐさま謝罪言葉を唱えていた。

しかし、神様への侮辱をしないようにすればするほど、やってしまうのが人間心理というものである

侮辱謝罪ループで寝られない夜は一度や二度ではなかった。

他にもリモコン位置がズレていることに異常にこだわっていたし

ガスの元栓が閉まっているか玄関の鍵がかかっているかに異常にこだわっていた。

そんな心配性では生きていけないよと両親はため息をついた。

年月は人を変える。心配をよそにいつの間にか「悪癖」は自然消滅した。

鍵なんてかけ忘れるしリモコンもひっくり返っている。

ある時洗面所で手を何べんも洗っている人がいた。

また、一緒に箸をついて料理を食べたり回し飲みができなかったりする人がいた。

そういう人たちの中に昔の自分を見たような気がした。しかし、心情として共感するということはなかった。

どこか、アルバムを見て「あーあったな」程度のおざなりな反応であった。

自分強迫的な属性無関係になったから、そんな冷淡な反応だったのだろうか?

喉元過ぎれば熱さ忘れるという諺にあるように?

しろ事実は逆である。私は恐れている。

いつ首をもたげて復活するか分からないその属性に。

黙殺するため離人症めいた反応をせざるを得なかったのだ。

予感はするのだが、それに対処する根本的な術を私は知らない。

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