2021-02-23

これから障害者雇用の門を叩く者の所感

皆の感想が欲しい。

コメントの辛さはお好みで。

「できない」に合わせて仕事を選ぶのは、一つの手段として大変意義のあることだと思う。「できない日」でもできることだからこそ、その仕事を長年続けていけるのである

 しかし、「できる日」と「できない日」の差が激しい場合、その間で板挟みになり、どちらも選べない状態になる事もある。今の私がそうだ。

 私は「できる日」は、大変人と話すことが好きである。色々なことに興味が湧くし、多様な意見を聞き、上手いタイミング質問することができるのだ。そんな日は、話すことでドーパミンが湯水の如く湧き出すのを感じる。

 しかし「できない日」は悲惨だ。頭が朦朧として、思考回路ショート寸前、今すぐ寝たいのである

また、頭が回らない故に会話の内容も入って来ず、生返事の繰り返しだ。そんなコミュニケーション自己嫌悪と嫌われる恐怖を覚える。

 このような場合仕事選びを「できない日」に合わせると「できる日」は仕事レベルが大変低く感じ、さやかのようにすぐにソウルジェムが濁り魔女になる。

 反対に「できる日」に合わせると、「できない日」に仕事をすることは目でピーナッツを噛むくらい困難であり、ドラえもんも裸足で逃げ出すのである

 「できない日」を「できる日」の近くまで引き上げるのが喫緊課題だが、それは明日自分に託して今日の私はルイズ抱き枕とともにハルキゲニアへ旅立つのであった。

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