2020-07-10

ノースピン・ファストボール

よく晴れた7月下旬の午前11時、駅に向かう途中のただっ広い公園

早朝の冷たい空気が強い日差しに当てられて暖まりゆっくりと上昇しながら刈られた芝生の上を移動していく。

4歳の息子は、木陰からさな石を拾っては、ポイと投げる遊びに夢中だ。

危ないよ、気をつけて。と周りを見渡しながら、誰もいないことが分かると少し静観することにする。

子どもの興味に対して自由にさせてあげたいからだ。

息子は、少し大きい石を見つける。

彼にとっての拳大、手に握るのが精一杯というサイズだ。

あ、それはどうだろう。投げるのは危険ではないか

声をかけて近寄ろうと、一歩を踏み出した瞬間。

彼が上に向けた掌の上の石が、ふいと空中に浮き上がる。

投げた、という表現があたらない、力をかけていないのに彼の手を離れ、わずか数センチ空中へ浮き上がる。

息子は目を大きく見開いて、石を見つめる。何が起きているのかを観察する。

わたしは踏み出した一歩が芝生に着地したまま、動くことができない。

石が浮き上がった角度、午前から午後に向かう空気の流れ、息子と石を観察できる角度。

そのすべてが絶妙ものであり、崩すことができない、崩してはならないものに思えて、そこから動くことができない。

掌の上数センチ滞在するかに見えた石は、そこから上にさらに浮き上がる。

わぁ、と母音がちな声を上げてそれを追う手をかわすように、浮上のスピードが上がる。

無回転のストレート、ノースピン・ファストボール

それが投手の掌を離れる瞬間。力を受けて加速し、空中へ投げ出された瞬間をスローモーションで眺めるように。

息が止まり心臓が動いていることを忘れる。

しか時間の停止は長くは続かない。

数秒後には、ボールキャッチャーミットに突進する直線的な陰影を残し、青空の彼方に消えていった。

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