自分が好きな作品について考える時は大体現実での価値観や倫理観を持ち出して「もし自分がその世界に居たら?」という前提で語る事が多い
だから主役側であっても現実での立ち位置を考えると自分に危害を加えてくるかもしれない陣営は好きになれないし、逆に悪役であっても自分を庇護下に置いてくれるだろう陣営の事は好きになってしまう事が時々ある。
夢女子が好きな作品に出てくる「推し」キャラクターと自分が恋愛関係だったら…と想像したり、その「推し」が死んでしまった時に現実で非常に強いショックを受けるのと似ているかもしれない。あるいは全く違うかもしれない。
好きな作品に登場するキャラクターが「もし現実に居たら」という前提で語る事もあるので、創作の話でありながらとても熱が入ってしまう事もある。
こういう「もし現実でもこうだったら」「もし自分が創作の世界に居たら」と真剣に考える事は「現実と創作の区別が付いていない」危ない人間だと一般的に思われている事に他の人から指摘を受ける事でようやく自覚出来た
言われてみると「もしテロリストが学校を襲撃したら?」という妄想をずっと続けているような物…と言えなくもないもんなあ。でも自分は好きな作品について入れ込むときっとこの考え方を止められないと思う。現実と創作の区別が付いてなくともそれが悪い事だとも思えないのでやめたいとも思えない。ただ好きな作品やキャラを馬鹿にされた程度の事で不快になったり怒ってしまうと人間関係なんて築けそうにないので、やっぱり自分という人間の欠点なんだろうなあ…とは思う。
現実よりならいいじゃないか。現実の死への配慮がなくなったり実在人間をキャラ化して貶めたり、現実を軽んじるよりは。
そういえば現実でも「ゲームの中で敵を撃たせる事で現実でも発砲に対する抵抗感を少なくさせる」という方法があるんだとか ゲームに入れ込み過ぎて現実での生活が疎かになるのも「...
普通じゃん 星親日のショートショートを読めよ
面白いよねえ星新一 このオチ前も見た事あるぞ?って展開が時々あるけどそれも込みで面白い