2020-06-14

父の死

寒さの厳しい二月の終わり頃、その知らせは突然やってきた。

母親から父親が息をしていないと連絡が入り私は急いで実家のある埼玉県へと向かった。

池袋駅の4番線ホームにて母親から再度電話が入った。

「お父さんはダメだった」

私は来た電車に乗れず、一本後の電車に乗って実家へと向かった。

死因はお風呂場でヒートショック引き起こししまい亡くなってしまったという。

父親の死亡診断書には心不全と書かれていた。

それからすぐに葬儀が執り行なわれた。

恐らく葬儀で涙を流していなかったのは、親族の中で一人息子である私だけであっただろう。

父親は私が中学生になったあたりからひどく酒に溺れるようになり家庭は崩壊寸前だった。

暴れるは母親暴力を振るうわで家庭内環境はひどいものであった。

父親の働いている会社の業績が悪くなり今まで出ていたボーナスも全く出なくなり、早期退職募集するようになっていた。

今思うと父親が酒に溺れてしまったのは分からなくもない。

私はその頃から父親を良くは思っていなかった。

社会人になり家を出るまでは、私にとって家は居心地が良いものでは無かった。

そんな事を思い出していると、私は葬儀中は涙が出てこなかった。

そして葬儀は何事もなく執り行なわれた。

それから月日が経ち、父の死後1年程であっただろうか、私は久しぶりに帰省した。

実家に帰ると母親カレーを作ってくれていた。

ひどく腹をすかせていた私はおかわりをしようとキッチンへと向かった。

鍋の中を見るとカレーの量が明らかに少なかった。

そこにあったのは父親のおかわりの分はないカレーの量であった。

その時私は父親が本当にこの世からいなくなってしまった事を改めて痛感した。

父親は大変な人ではあったが、私にとってこの世でたった一人の父親であったのだと感じた。

心の中で「ありがとう、お疲れさん」とだけ残しテーブルへと向かった。

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