2020-05-22

何故か結婚式場のインスタに流れ着いてしまい、幸せそうな若い新郎新婦の姿を眺めていた

(老いさらばえた夫婦結婚式というのも味はあるが、あのはちきれんばかりの眩さは矢張り若い夫婦ならではだな)

そしてつくづく

「真っ当な人生

というものについて考えた。

きっと「真っ当な人生」というものは、節目節目があり、その都度「式」を催すものなのだ

で。

自分の「式」は一体いくつあっただろう。これからいくつあるだろう。

まあ、「入学卒業」を園小中高大とやったわけだが。

成人式は出ていない。

非正規雇用社会人スタートだったので入社式もない。

未婚なので結婚式もない。

そしてたぶん葬式もない。

普段特に注目されない普通人間が、人生の中でセレモニーを開催するというのは

真っ当な人間に許されたご褒美…なんだろうか。

面倒臭い一言に尽きるけど、それを乗り越えてあの笑顔を見せているのだろう。

そしてしっかりと気持ちにも区切りを付けて、新たな人生を歩む。

それが出来るのが真っ当なんだろう。

晴れがましいところに居たくない…と思ってしまう様な人間は、矢張り後ろ暗い人生を歩むもん…なのかな?

まあ、真っ当に生きていても「式で晒し者にされるのは反吐が出る程嫌」って人も居るだろうけどね。

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