私が小さいころから誕生日やイベントごとでプレゼントを欲しがる母親だった。
小学生のころ母親の誕生日に靴下をあげるとデザインが好みではなかったらしく靴下はいらないといわれた。
少しお金があるときは包装紙を追加でつけてもらった、あけるのがめんどくさいから中身だけだしてちょうだいといわれた。
まな板やケトル、包丁など主婦業に関係するものは自分ではなく家族みんな使うものだからいらないと言われ毎回あげるものに悩まされた。
もちろん喜んでくれたプレゼントもあった。
小学生のころすごく怒られたことがあった、それが原因で数年お小遣いがもらえなかった。
その年は買うこともできないため母の日や誕生日になにもあげることができなかった。他の家の子と比べられ冷たい子だといわれた。
その次の年授業で残った紙粘土でカーネーションを作ろうと思った。
数日かけてこそこそと作った。紙粘土は薄くのばすとすぐひび割れてしまうので液体のりでコーティングしながら作ったのを覚えている。
手先は器用だったのでそれなりのものが出来るはずだと思っていたが母の日の数日前にボロボロに壊れてしまった。
とても頑張って作ったせいか壊れてしまったことがショックでそれからまた作り直すことも出来ず他のプレゼントも思い浮かばなかった。
また冷たい子と言われた。
大人になってお金がある今は昔より買ってあげられるものも増えた。
母の日や父の日、誕生日、クリスマス色々な行事でプレゼントをおくっている。