2018-06-17

ゲームは、ありきたりな流れがいい

DQ11遊んだ

途中、ベロニカが死んでしまう。ベロニカの死で覚醒するセーニャ。

この流れはありきたりで、仲間の結束が固まる良い流れ。

でも、やっぱり誰も死なない流れが良い。それもありきたりの流れ。

はいえ、戦いがある以上、生き死には絶対に避けられないものだし避けられるようなほど強かったら苦戦なんかそもそもしないよね。

それがわかっているんだけど、それでも主人公たち一行は、誰一人死なないで欲しいと思ってしまう。

そういうイベントは見たくない。

リアルで身内が死んだ時も、人が死ぬのは見たくない。

から、せめてゲームでは見たくないなと思ってしまう。

主人公たちはイベントがあるから、そういう表現がされているけど

実際には脇役だって生き死にのイベントが起こっていると考えると辛い。

そもそも根本で考えれば主人公たちがモンスターを倒しているのも殺しているのと同じなんだろうなと思う。

「倒している」と表現しているだけで本当は「殺している」んだと。

そう考えてしまうと、少し悲しいかなと思わなくもない。

でも、自分プレイヤー人間なんだなと思ってしまう所で、やっぱり登場人物死ぬのだけは特に見たくないと思ってしま

モンスターまでは考えることができていない。

話を戻す。

覚醒したセーニャはセーニャで精神面が強くなって、とても頼もしい。

でも、今まで居たベロニカが居ないのは寂しいと感じた。

先を進めていって、ベロニカ復活イベントが発生した時は嬉しかった。

賛否両論になるのはわかるような流れだったけど、個人的にはとても喜ばしかった。

セーニャは弱くなるかもしれないけど、ベロニカは死なずにすんで元の人数に戻るのだから

こういうイベントもありきたりといえば、ありきたりだけど良いものは良い。

でも、やっぱり死なないで済んで、こういうイベントが発生しないで済む流れが一番だなと思う。

悲しいイベントはできるだけ見たくないものだし。

昔、FF7エアリスが死んだ時も悲しかった。

できれば、ああいうのは見たくないなー・・・

と思いながら現在DQ11の2周目を開始した。


やっぱりベロニカは大きいほうが可愛いな!

というオチのない話。

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