関心のあることは何ですか?
マスメディアのニュースですか、芸能人ですか、Twitter内の炎上案件ですか。
自分がどう見えるか、自分は何ならば成功するか、自分が幸せに生きるにはどうすればいいか。
他者からいかにして関心を向けてもらうか、実態と対策を知るために他者研究を行う。
他者がある別の他者を指摘する時、指摘した自身へどのような眼差しを向けるのだろうか。
分からない。
自分を劣っていると罵った人々は、見ていると、あまり深くは、多面的には考えずにやっていたようだ。
それが分かっても、まだ劣等種と言われるのではないかと、所属集団が変わった今でさえ、びくびくしている。
ここは、いじめ、部落差別、障害者差別、村八分を、多くの場合で端的に悪と述べても差し支えないと考える人々で構成されてるはずなのに。
もうやめよう。
自分はこうであり、人を無闇に迫害していないし、他者より能力が殊更に劣っているわけでは、最早ないのだ。
少し、少しと、自分を信じなくては。
信じるというか、ここまで嫌いで劣っていて、馬鹿にされて当たり前だと、自分を思わなくてもいいと、それに納得したいのだ。
そうしても、苦しくなるだけで何も変わらないし、変えてもらえないし、変えられない。
こんなことが書きたいんじゃないんだけどな。
このままちゅうにとんでいけ。