あれは、夏の終わりのことだった。僕とユナは中学2年の同じクラスで、その日は放課後まで残って話をしていた。教室にはにぎやかな男子たちもいて、僕たちは彼らに追いやられるように端っこに陣取っていた。でも端っこは端っこでも窓際の一番前だったから、僕はウキウキしていた。彼女もウキウキしていたんじゃないかな。実際、彼女のほうから寄ってきたんだ。
僕の机に彼女が自分の重たいバッグを載せようとした瞬間、僕はクラッとしてしまった。そのときの彼女は凜として儚げな表情をしていて、僕の胸は一瞬にして甘い切なさでいっぱいになってしまった。そして僕たちは話し始めた。どんな話題で話し出したのか忘れてしまったけれど、とにかく僕たちは頷いたり笑ったりしながら話していた。彼女のバッグには-これもまたよく覚えてないんだけど-いかにも女の子といったキーホルダーやピンクのシールなんかが付けられていた。
二、三十分たった頃だったと思う。にぎやかな男子の集団はいなくなっていて、教室には3,4人の小さなグループが2,3ほど点在するだけになっていた。でも、もちろん少しは静かになっていただろうけど、特に静けさに気づいてはっとした覚えはないから、水を打ったようにシンとしていたわけじゃないことは確かだ。
ともかく、僕は彼女との話に夢中になっていた。○○くんのお父さんやお母さんは何してるの?うちは教師ばっかなんだ。父と母と、じいちゃんも、母方のじいちゃんもばあちゃんも-彼らはもう退職してるけどね。
「私の父さんは会社の社長なの」と彼女は言ったから僕はたまげてしまった。「会社の社長」というだけで僕の幼い想像力はいっぱいになってしまったのか、なんの会社なのか聞くこともしなかったけど、僕は相手の父親が社長だろうと堂々と花婿として名乗り出てやるぞって心の中で息巻いていたのだった。
いつのまにか教室の外はすっかり暗くなっていて、残っているのは僕たち人だけだった。
「帰ろ・・・っか・・・」と僕が言うと、「・・・そう、しよっか・・・」と彼女もぎこちなくて、僕たちは互いにはにかんで笑った。
もう20年も前のことだ。