久々の静かな午後。スマホで生放送動画を付けっ放しにしたまま、一人でソファで寝てしまった。
寝落ちてからどれ位経ったろうか。配信主の鼻歌が聞こえて来た。気を抜いた感じの、リラックスしたハミング。目を閉じたまま、ゆっくり脳みそが覚醒していく。
ヘッドフォンで聞いてたから声をすごく近くに感じる。歌声は私を包み込むような温かさで、とても心地良くて懐かしい。このまま目が覚めなければ良いと頭の奥で鈍く願った。でも軽い違和感がある。
このリビングに成人男性の声がする事は数年無かったから。夫が居た時も、彼は自室にこもりっぱなしだったけど。
重い瞼を時間をかけて開き始める。別居中の夫が近くにいるみたいに錯覚しそうになったのだ。あの人もよく、こんな風に呑気に、間延びした感じで、デタラメな歌を陽気に歌ってたな。
もう多分、言葉すら交わす事もないだろうし、夫は今や本物のガチクズと化してしまった。私達の作った家庭は、とっくの昔に無残に壊れて砕け散った。
声の質は全然似てないが、明るくて繊細なニュアンスが夫のそれとどこか似通っていた。この歌声でかつて愛があった頃の夫の感触が五感で蘇ってきてしまった。夫の腕の中で目が覚めたような感覚が、微かに。
あの空気に一瞬引き戻されて、胸の傷が疼いた気がした。瞼を完全に開いてのっそり体を起こし、ヘッドフォンをスマホから抜くと、歌声は私しかいないリビングに響いて、暫くして配信は終わった。
なんか分からんが寒くなったわ