大阪の人が、映画やドラマ等で俳優、役者が演じる大阪弁がおかしい、ちょっと違う等と良く言っているのを見聞きする。
でも個人的には、大阪ネイティブでない役者が話す、大阪の人達からすれば違和感のある大阪弁の方が、
大阪の人達が話す大阪弁よりも、ちょっとだけ印象がよかったりする。耳に心地よいという時でさえある。
もちろん、全員では無いのだろうが、本物の大阪弁は発音が汚いというと言いすぎかもしれないけれど、どうしてもノイズに感じる時が多い。
心地よく感じるなんて状況はほぼ無いに等しく、ネタとして完成されている漫才は聞けても、
バラエティ番組は見る(聞く)に耐えないと感じてしまう事が多い。
標準語を話すべき場面においても方言丸出しで、それを恥ずかしく感じるどころか、ドヤ顔で大阪弁を話す人を見聞きする事も多い。
そこはちゃうやろと。
もしドストエフスキーの作品が大阪弁で翻訳されていたら、罪と罰を読んだ後これまでと同様の感想を持つことはないだろう。
ラスコーリニコフはじめ登場人物の人物像は大きく異なってしまう。読むに耐えないものになると思う。
せやろか。