最近は自分の好みに合わせてたくさんの種類の化粧から選ぶことができる時代です。
例えば、私の他校の友人はギャルです。それも強めの。彼女はとにかく目元を盛ることに良しとしていて、確かにすごく大きい目をしています。(スッピンは知らない)
もう1人の友人は一般的に見ると難しい紫のアイシャドウをとても自然につけています。
じゃあ、私はどうなのかというと……。
化粧で、生きるためって何なの?って疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとってはそうなんです。
私が初めてオレンジのグロスをつけたのは高1。安かったし、たまにはこんな色もつけてみようかなと思ってドラッグストアで購入したのです。ちなみに、それまではピンクのリップクリームを愛用していました。
帰宅して、新しい物好きの私はさっそく唇にそれをたっぷりと塗りました。
鏡に映る自分の顔は、なぜだか、華やかに見えました。
次の日、それを塗って学校に行きました。気分は晴れやかでした。だって、私の顔は華やかなんだから。
さて、話は戻って、生きるための化粧とは何なのか。
私はかつて、自分が不細工であることが恥ずかしくてたまりませんでした。あまりの醜さに、顔を自ら傷つけたこともあります。「これ以上ブスになったところで何も変わらないでしょ」って。嬉しいことに、その時の傷はもうありませんが、心の奥では今もあの時の感情が少しだけ残っています。"私はブスなんだから、少しでも可愛く見せなきゃいけない"と自撮りに徹した夜もありました。少しでも可愛く写る自分を見て自尊心を取り出そうとしたのかもしれません。ですが、私の容姿に対する羞恥心はいつしか大きな塊になり、すべてのことにネガティヴになり、そして生きることすら怖くなってしまいました。特に高校に入ってからは周りに綺麗な子が増えたので、容姿に関してひたすら捻くれた考えを持っていました。
そして、私はグロスに出会って、自分が華やかになったと思うことができ、笑顔が増えました。そしてその結果、色んなことにポジティブに動けるようになってきました。現在と容姿に対する嫌悪、羞恥心はありますが、だんだん薄れてきています。
私はやっぱり容姿に関しては人より劣ると思います。それは、たとえ愛しのオレンジグロスをつけたって変わりません。ですが、私は彼女のおかげで再び明るさを取り戻せたような気がします。グロス以外の化粧品に興味を持つこともでき、今は化粧台をたくさんの道具で埋め尽くしています。