2016-10-11

私の作ったドラキュラ

私の通っていた保育園には、よく分からない部屋があった。

2階なんて概念のないかと思えた私の保育園で、長くて細い、行き先の見えない空間はより記憶に残りやすい。

その中間地点は、雑多に置かれた、用途が明確でないもので溢れていたのだ。

いま思えば、倉庫として兼用されていたのだろう。

この中間地点では、先生がたまに皆を連れて紙芝居をする。

ここで静かにさせるために、先生はみんなに呪いをかけた。

この部屋の近くには、とある男が眠っている。

誰かが「ドラキュラ」と言う。

私がドラキュラ存在を知ったのは、この時が初めてだった。

もちろん、聞いたことのない固有名詞理解できるほど察しのいい人間はいない。

先生は誰かの言ったドラキュラに合わせて話を盛っていく。

鋭い牙、鋭い目つき、語られる陳腐で断片的な表現は、私たちにはむしろ効果的だった。

想像力常識なんていらない私たちは、隙間を勝手に埋めていき、それぞれのドラキュラを作り出すからだ。

その後の紙芝居は、先生の声以外は全く聞こえなかった。

もちろん、いくら私が子供だったとはいえ、先生の話を全面的に信じていたわけではない。

なぜ保育園ドラキュラがいるのか、いたとして、なぜわざわざそんなところで紙芝居なんてやるのか。

そんな疑問は当然出てくる。

けれどもその疑問の解消に努めなかったのは、有り体にいえば怖かったということなのだろう。

あの手この手保育園内を一通り探索した好奇心旺盛な私でも、その欲求を満たそうとは思わなかった。

今の私は、当然ドラキュラなんて信じていない。

でも、今なお保育園の近くを通るともの思いにふけるのだ。

あそこで、私の作り出したドラキュラは眠り続けたままなのかと。

やっぱり、あの部屋も探索しとけばよかったという未練が、意外にも燻っていたんだなあ。

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