2015-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20151110125345

差別構造で考えるとわかりやすくなるよ。(社会的問題とされる)「差別」というのは、本来判断されるべき基準とは関係ない、個人の選択ではない要因によって、公的に不便を強いられること。

(差別されて傷つく、などの感情問題にしたり、知人間ハブられるといった個人関係問題にすると話が曖昧になるので、そういう要素は考えない。あくま社会生活を営む上で不利不便が生じるかどうかだけを考える。)

表現の自由原則として尊重される。けれど、ある表現によって、特定カテゴリの人に敵対的環境社会的にできてしまい不便を強いるならば、その表現公共の福祉に反するので制限される、という考え方ね。

もちろん判断基準はケースバイケースではっきり白黒つけられないことも多いけど、この基準で考えるなら、表現が対等でないことなどがわかるだろう(どれだけの不便が生じるかを見れば、マイノリティを抑圧する発言マジョリティに対するそれとは自ずと扱いが異なる)。

記事への反応 -
  • とかって書くと、真顔で同意してきそうな『正義感の人』がいるからなぁ…

    • https://twitter.com/sasakiatsushi/status/662994151491801088 レイシストには「表現の自由」はありません。正当化されない理由で、確信を持って差別をする者は、まさにそのことによって、自分が差別...

      • 差別発言自体は私も許容などしたくないけど、どこかへの差別はダメで、どこか向けへの差別は構わない、とされていることに憤りを感じる。

        • 差別を構造で考えるとわかりやすくなるよ。(社会的に問題とされる)「差別」というのは、本来判断されるべき基準とは関係ない、個人の選択ではない要因によって、公的に不便を強いら...

          • 全然判りやすくない。いくらでも恣意的に運用出来るじゃないか。そんな法律が出来たら、間違いなく法規制を訴えていた方が取り締まられるよ。

            • 英米法だと、この基準に引っかかると思ったらどんどん裁判起こすんだよ。それで判例を積み重ねてゆくうちに社会に受け入れられる基準がはっきりしてくる。だからそうそう恣意的な...

      • ここが起動時間らしいw

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