空は曇っていた。私は傘を持って
出かけるべきかと思ったのだけれど、
増えてしまうために遠慮することにした。
姫路駅まではバスを利用する必要がある。私はその日 8 時 10 分に
私の家から一番近いところにある停留所から出発するバスを待っていた。
待っていたのは私の他にもう一人、ピンク色のTシャツにジーンズが
セシルカットにしていてそれがとても良く似合っている。
彼女は耳に何かを当てて彼氏と思しき人間と喋っているようだった。
形状からしてガラケーだろうか。そう言えば最近はまたガラケーの出荷台数が
増えつつあるらしいな……そう思いながらバスを待っていた。
私とその女の子は姫路行きのバスに乗る。先にバスに乗ったのは彼女の方で、
私はすぐ後部の座席に座ったのだけど彼女はケータイを離そうとしない。
バスの中ではマナーモードに切り替えた上で通話はご遠慮下さいという
放送が流れているのにもかかわらず……。長引くなら注意しなければならない。
バスは発車した。がくんと小さくバスが揺れて、徐々にスピードを
川べりを通過すると川を挟んだ向こう側に立っている喬木が
風を受けて少し揺れているのに気がついた。曇り空のせいか
日が当たらないので黒く染まってしまったように見える喬木は、
落とした。私のところまで転がってきたのでそれを拾う。
それはサザエだった。
訝しく思う私に向かって彼女は言った。
ごめんなさい。
分かりました。
これ、彼氏専用のケータイなんです。彼氏は去年の冬に海で溺れて
死んじゃいました。これでないと彼氏と連絡が取れないんです。
そして彼女は、再び前を向いた。
泣いているように見えたが気のせいだったのかもしれない。
文庫本を何冊か買った。充実した一日だったと言えるだろう。