2012-10-18

賽を振ることから逃げ続けた人生

あれからもう3年が過ぎた。

結局1ミリも前進する事なく、それどころか後退し続け、今年の春になってようやく後退は止まった。

アレを恨めば恨むほど深く堕ちていく感覚はあったがそれでも憎くてしょうがない。憎悪というのはこんなにも激しい感情なのかと驚きもあった。

そもそも奴が騙さなければこうはならなかった。体よく厄介払いされたのだ、あの悲劇主人公様に。

いっそ、ひとおもいに、とおもうことはたびたびありました。あったのです。

毎日猟奇的妄想が全身駆け巡り、心身共に七転八倒した。実行してはならない。だがやってしまいたい。嗚呼

時間が立つに連れ薄まっているのは感じている。が、巷でよく言われる、時間が解決してくれる、というのは自分には当てはまらないようだ。今も不意に猛烈な憎悪が噴き出す。名前地名、出来事、きっかけはそこらに転がっている。何より、自分の中で燻り続けているから些細なことで燃えたぎる。畜生

止せばいいのに時々奴のブログを見てしまう。相方がどうのこうの、鬱でどうのこうの。お薬の世話になってるのは当時からだが、今も飲み続けているのは何なのか。様々な人の不幸を踏み台に、幸せ、とやらに縋りついたんじゃなかったのか。自分から柵の無い所へ行って、いざ周りに知り合いがいないとなると、寂しいと宣う。何がしたかったんだあんたは。

結局地元に一旦帰ってきたこともブログで知った。ふと、これなら近くにいるからやってしまえる、そう思った自分に笑いながら戦慄を覚えた。

下らない。そんなつまらん事に人生を費やすのか。この数年、たっぷり時間を浪費してきてなお、時間を潰すというのか。奴をやってしまう事より、これ以上アイツ絡みで人生を縛られることのほうが自分の中で、してはいけないこと、のように思える。

もう奴の事は考えたくない。いちいち落ち込んだりしたくない。そもそも自分自身、崖っぷちなのだ崖っぷちどころか既に崖から滑り落ちていて、これ以上落ちないように掴まるものをがむしゃらに探して握り締める必要があるのだ。崖から落ちる原因は〜、等と考える暇もないはずだ、今まさに落ちている真っ最中なのだから

…というような事を短いながらも文章にして書き出すと精神が整うのだな。そう思った秋の夜長。

  • あまり滅多な事を書くものじゃないぜ。 お前はまだ監視対象として補足されてる状態が続いているし、アイツも電話一本でお前に市役所職員とかを寄越せる立場だ。 過激な書き込みや思...

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