「心が狭い」って言葉、言った時点でそいつも心が狭いよなって思う。
大方この言葉は「それくらいしてくれてもいいだろ」って状況で使われると思う。
席譲ってくれよとか、ダースチョコ一個分けてくれよとか、あっち行くならついでにこの書類シュレッダーにかけといてくれよとか。
予め取り決めた事を果たさない相手にはもっと違う言葉を使うはずだし。嘘つきだとか不義理だとか、狭量とかとはまた別の話になる。
これをしてくれというのは命令や契約ではなくあくまで要請、懇願であって、頼まれた側はそれに応えなきゃいけない道理はない。
それを断られた時に自分の頼み、言ったらワガママを強要へと進ませる、あるいはそれに応えない相手を非難する、自分のワガママが達成されなかった問題を相手の道徳の問題へと追いやる。
いくら常識的な感覚というものがあったとて、「ちょっと」がどうかは頼む側と同時に頼まれる側の問題でもあるのだし。
まあ理屈で言ったら別に他人を狭量と言うのに非難する側が寛大でなければならないなんて事はないんだけど、常日頃の会話が議論である訳でもないしな。お前に言われたかねーよ、って不用意に相手を不快にさせる事もない。
こうやって面倒臭い事考えてる人間はあまりいないだろうし、むしろ世の中の皆様は助け合いが大好きで「心が狭い」奴の方が許せないのだろうけど。
なんか、不幸になりたいって言ってる人間に対して「イヤあなたも幸福を求めてるでしょ。望んだ状況を手に入れるのが幸福でなくて何なんだよ」って言うのに近いような話だな。