2020-06-01

緊急地震速報が鳴った時

「よし」と思った。

緊急地震速報が鳴った時、俺は「よし」と思った。

何を言っているんだ、と言われるだろう。俺だって、何を言っているんだと思う。

不謹慎人格破綻者、サイコパス。何と非難されても仕方がない。返す言葉もない。だが、俺はたしかにその瞬間、「よし」と思った。

あのおぞましいアラームが俺を叩き起こした。最悪な朝。しかし、不思議と恐怖などは全くなかった。あらゆる感情に先んじて湧き上がってきたのが、「よし」だった。そして次に思った。「もしかすると、仕事に行かなくてもいいかもしれない」

布団の上であぐらをかきながら、刹那に生じた自分感情憮然とした。その次に、呆れた。最後には、笑った。「俺は、ここまで仕事行きたくないのか」。そう思った。緊急地震速報が鳴った時、真っ先に浮かんだ言葉が「よし」で、真っ先に考えたことは、仕事に行かなくていい可能性だった。まさか、ここまでとは。まさか、ここまで仕事行きたくないとは。笑うしかなかった。

念のため言うと、大地震が起こってほしいなどとは願う気にもなれない。今大地震が起これば、日本崩壊する。多くの人が死ぬ行きたくないと思った俺の会社だって物理的、あるいは経営的に潰れる。そうなれば、仕事行きたくないどころの話ではない。元も子もない。死ぬか、地獄を生きるかしかない。想像するまでもなく、嫌だ。

それでも、俺はあの一瞬、「よし」と思った。

仕事行きたくないと思うのは、何も今に始まったことではない。日曜の午後はいつも憂鬱で、体が重い。体内の全ての細胞が、仕事に行くことを拒んでいる。そんな感覚がする。よく今まで、月曜の仕事に行き続けてきたと思う。

毎週、あきらめて俺は眠りにつく。けれど、俺の体内の細胞あきらめていなかったのかもしれない。全細胞が、「仕事行きたくない」その一心で団結していた。眠るふりをしながら、じっと息をひそめていた。その時、あの音が鳴った。一斉に蜂起した。そして、俺に「よし」と思わせたのかもしれない。

………。考えていたら、布団の上で時間が経ってしまっていた。いい加減、支度をしなければいけない。支度をしながら、俺は不思議に思った。これほどまで、仕事行きたくないのに、全細胞が拒んでいるのに、俺は支度をしている。それが不思議だった。支度をしながら、思考は「仕事を休む口実はないか」などとさら無駄抵抗を始めた。「朝、緊急地震速報に『よし』と思ったので休みます」そんなことは言えるわけもなかった。休むのではなく、休まされることになりそうだ。無駄抵抗は終えた。

相変わらず重たい体を引きずって外に出た。気付けば、街にはずいぶん人が増えていた。この人たちは今日の朝、あの音に何を思ったんだろう。そう思いながら、人混みにまぎれこむ。

  • わかるな〜その気持ち 自分ではどうにもできない天変地異が起きて仕事どころではなくなってほしい瞬間 インフルエンザとかも身体は苦しいのに嬉しい

  • 密やかな破壊衝動

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