2019-04-28

新時代ディストピア

今日という日は四月も終わりだというのにやたらと寒かった。件の病院に向かうのに外へ出たら季節を間違えたかと思うような肌寒さだったんだ。受付の30代前半くらいの女のまたかと言わんばかりの不快な表情も近頃はあまりお見かけしていない。こちらに目も向けずただ機械的かつ事務的に僕を処理しようとしていた。

国民管理カードはお持ちですか?」

「忘れました。」

僕は答えた。

「お名前を教えてください。」

「...忘れました。」

女はうんざりしたように僕の手首に括り付けられた忌々しいJEIを小型リーダーで読み込んだ。なんせこんなやり取りを今までに何十回と繰り返しているんだ。うんざりもするだろう。僕だって教えて欲しい。でも忘れてしまったんだから仕方ないんだ。女はまるで始末の悪いガキを追いやるみたいにして僕を出入り口付近腰掛け椅子に座るよう指示した。僕のような悪ガキを何百人座らせたらこんなふうになるんだろうと思うほどカチコチな腰掛け椅子だった。まるで冷たい岩にティッシュペーパーを敷いてやったみたいなんだ。本当さ。つくづく嫌な女だが僕のような12級3号の国民にとっては国営医療を受けられるだけでもありがたかった。下級国民世間は冷たいんだ。しかし彼らは言うだろう。必要なのは平等多様性の受容、そして怠惰猥褻思想排除することだと。

「先日、新元号閣議決定され、令和の時代も残り3日となりました。グエンさんは令和をどのような時代だったとお考えでしょうか。」

「この53年間、我々第三移民にとっては激しい差別闘争時代でした。ハノイ郊外スラムで育った私にとって当時の日本電気羊の縮れた腸のように思われました。労働を求めて重金庫にホールデン・コールフィールドハンチングを閉じ込めた私は...」

僕はひどく座り心地の悪い椅子腰掛け、受付に座っている冷血な女の言葉をすっかりスカスカになってしまった脳みそで反芻していた。

僕は15、6の頃、祖父の家の屋根裏で見慣れないディスクを見つけた事がある。ホコリを被った古い型番の汎用リーダー再生してみると「教えて欲しい 教えて欲しい 教えて欲しい」と歌う男の声がノイズ混じりに聞こえてきた。頭がおかしくなったのかと思うかもしれないけど、それからしばらく裸電球が灯る薄暗い屋根裏で一人うずくまって泣いていたんだ。おかしな話かもしれない。当時僕には教えて欲しいことが山ほどあった。誰でもいい。何でもいいから答えて欲しかった。何をと聞かれても、それは対数計算の解き方でも、化学教師の本当の国籍でも、質の良いマリファナの見分け方でもないことは確かだった。僕は本当のことを求め、渇望していた。まるで冷たい宇宙に漂う北斗七星のようなもの。今ではそれが何だったのか、思い出すことすらできない。

「点数配分を誤った第一移民たちが私たちに馬の目を抜くような大量の綿菓子を抱え込んでいました。我々は令和という時代カタルシス翻弄された夜鷹として...」

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