2016-03-02

エビフライ

この前まで嫁と口を聞かない仲になっていた。浮気不倫ではなかったが、原因はいろいろあった。喧嘩も多かった。

嫁は夕食を作ってくれなくなった。それから、嫁は嫁の夕食を作り、俺は俺の夕食を作っていた。そして食べる時間全然違う。寝る時間も違う。一緒に住んでいながら別居している状態だった。

最初はとても腹が立ったが、時間が経てば人間は順応していくのか、自分自分の分だけ料理を作ることに何の疑問も持ってなかった。調理棚も、明確に俺のスペースと嫁のスペースが分かれ、お互いのスペースに侵食した調味料器具はお互い何も言うこと無く捨てていた。

俺は俺で料理趣味になりつつあった。だが昔、結婚してすぐは料理なんか作らなかった、というか作れなかった。少なくとも嫁みたいにレパートリーに富んで、手早く美味しい料理をつくることは夢のまた夢だった。だが自分のために料理をするとなって自分料理の腕に辟易し、レシピ本を買って作り始めたらこれが楽しくなってきた。気づけば、一通りの料理は作れるようになっていた。

ある日、俺はエビフライを生エビを買ってきてイチから作った。パン粉までまぶしてあるものを買って作ったことは何回もあったけど、生エビ小麦粉をまぶし、卵を付けて、パン粉をまぶして油で揚げたのは初めてだった。味は上出来、思わず「うまっ」と声が出た。一人で食べるには多すぎる量を作ったが、完食してしまいそうだった。

そうしていたら、何を思ったのかこれまで全く口を聞いてこなかった嫁が「食べたい」と言い出した。最初は断った。これは自分が作ったものからと言った。今考えればこの言葉ってかなり感覚麻痺している。でもその時はとても機嫌が良かったので、まあひとつくらいはいいかと思い、あげた。嫁は「おいしくできてるじゃん」と言った。

嫁は、俺が炊いた白米を、嫁専用の茶碗によそった。いつもなら「なんで俺が炊いた米に手を付けるんだ」って怒ってただろうけど、その時は不思議と何も感じなかった。俺の斜め前に座ってエビフライをくれとせがむ嫁、もう満腹だから全部やると、俺は嫁にエビフライの残りを全部あげた。本当は、もう少し食べてもよかった。

おもむろに嫁が「こんな美味しい料理作れるんじゃん」と言った。俺は「おう」とだけ答えた。ここから先は一言一句覚えているわけではないけれど、嫁は「あんたと一緒に料理作れたら楽しかったのかな」と、俺の予想だにしなかったことを言い出した。俺は不思議とその言葉が胸に刺さった。

嫁と不仲になり始めたころを思い出した。勤めていた会社倒産し、引っ越しをする金もない、来月の生活費をどうしようと焦る中、俺は幸いにもすぐに転職を決めた。でも焦りすぎてしまった。その会社雰囲気が全く俺に合わずに、今思い返せば俺は嫁に当たり散らしていた。そこから、嫁は俺に対して何も言わなくなった。反論することもなくなった。俺がやっていたのは喧嘩で、その原因は嫁にもあると思っていたが、冷静になれば俺が一方的にまくし立てているだけだった。

その会社でなんとか踏ん張って2年経った。俺はだいぶ立ち回れるようになり、以前のように情緒おかしくなることは無くなった。けれども俺と嫁の関係については、完全に麻痺してしまっていた。

俺は久々に嫁から聞いた言葉で我に返った。そして「ごめん」と謝った。嫁は何も言わなかった。俺が行ったこと、したことは嫁にとって許せるものじゃないと思う。だから、許してもらえないことも考えていた。

嫁は何も言わずに立ち上がった。そして「買い物に行こうか」と俺に言った。

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