2015-11-09

エレベーター大好き少年母親違和感

子供の大好きなことを応援する親ってとても素敵な親だと思うのです。

今も名古屋地下鉄研究して回る子供を紹介したブログブクマを集めています

そのブコメを見てみると、子供のがんばりを褒めると同時に、理解のある親に対する称賛も並びます

でもなんか変。前回から違和感を覚えていたのだけど、今回その正体がわかった。

写真だ。

沢山並ぶエレベーター写真の中に、違和感の正体があった。

第一に、ガラスや鏡に子供しか写っていないとういこと。

普通ならばホームのどの位置にエレベーターあるかなんて把握できてない。

だったら、電車を降りてエレベーターを探し、撮影してその場で乗り込むっていうのが自然な行動になるはず。

それならばガラスや鏡に写る背景に、母親も写っていないと変なんだ。

第二に、写真に失敗が目立つということ。

母親ブログを見るに、どの写真も構図が比較的しっかりしていて撮影能力は中級者程度持っていることが伺える。

でも、子供写真手ブレが目立ったり、構図も角度が狂ってるものが多かったりと、とても初歩的なミスが多い。

エレベーターを記録する上で、写真ってとても重要な要素だよね。

から母親エレベーターの知識がなかったとしても、ある程度写真技術があればまずは撮影の仕方からレクチャーすると思うんだ。

この2つの点を考えると、どうにも母親が同行していると思えないんだよね。

当然これだけのことを子供だけにさせたら親に批判がくることは目に見えている。

から同行したことにしないとブログでは紹介ができない。

でも子供の頑張りを知って欲しくてブログに書いたのであれば、実はあんなに良い親アピールっていらないはずなんだ。

だって子供が全部一人で頑張りましたって書いたほうが、子供が褒められて親として誇らしいはずだから

”遠出は危険なので逐一同行はしましたが、親としては一切手を貸していません。”

親が協力したことなんて、こんな注意書き一つ小さく書いてあれば十分じゃないかな。

その辺から考えて、その矛盾が納得行く理由は一つ。

子供の頑張りを応援する素敵な母親として評価されたい。」っていう欲求を満たすこと以外にないんだ。

ブログという自己承認欲求を満たす道具だからしかたがないことなんだけど、これもまた現代に形を変えた「親の子食い」的図式の一つなんじゃないかな。

あの記事美談か。ブログというものを今一度考えるべき問題なような気がしてならないよ。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん