2007-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20070329192102

多くの人が親の死に目には一緒にいてあげたいと考えるのではないだろうか。

これも損得よりも関係性を重要としたい人間の性質であると考えられる。

それは自分の心を整理して納得させるための行為だろう。

よって自分にとっては得でしかない。自分に対して物理的・心理的に100%マイナスしかない行為は人間しないよ。

たとえ結果としてマイナスになったとしても、得になることを見込んで人間は行動を起こしている。

例えば、親の死に目を見届けようとしたら親に自分のことをボロクソに言われたとしても、

本人は死に目にあえたという自己満足はある。そこは関係性は絡んでくるのは確かだが、損得に代わりはない。

どんな酷い仕打ちを受けて、第三者からはメリットが全くないように見える場合であっても、本人が納得・満足(=得)しているのであればそれは損得勘定に他ならない。

納得も満足もできないことを人がするかよく考えてみよう。

どこかのマスダさんもかいてたが、高次で見れば人間の行為は全て損得でしか動いてない。

損得を意識しているか無意識下でやっているかの違いでしかない。

その場で得か損か考えるだけが損得勘定じゃないよ。

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