はてなキーワード: 店員とは
まともな気遣いができじっくり話して相手のことを知りたいと思う人間なら
初デートはそれを阻害しうる事象を最小限にセッティングするもんだ
記載時間までかなり時間があるからどうしようか、って歩いているところで整理券が終了したことを店員に告げられて泣いている子供と慌てている親がいた。正直に言って超嫌な予感がした。案の定彼氏はその場で店員に一枚で親子が入れるか確認したうえで自分の分の整理券を譲った。二人分の個数制限分ほど買わないからこれでいいよね、外で待ってるから俺の欲しいものもお願い、と言われた。
詳細に書いてないだけかもしれないが、
普通は整理券譲る前に増田に「整理券あげてもいいかな?」って聞くんだよね
聞かないっていうことは増田の気持ちを考慮する気が無く、ただ自分の意思を尊重する行動でしかない
「これでいいよね」って言い方も「増田も同じ考えのはずだ」って思い込んでそうだし、一緒にいると苦労したはずだよ
結局は「2人の時間」よりも「自分」を尊重するタイプだったってことだし
これを読んで昔の彼氏のことを思い出したのでちょっと書く。この増田の話と私の話が同じとか言うつもりはない思い出しの書き散らしだ。
私の元彼は優先席でなくても電車でお年寄りや子供連れを見つけたら速攻で立って譲るとか、ゲームセンターで取れたぬいぐるみを子供にあげるとか、街中で迷ってるぽい人がいたら声かけて道案内するとか、お年寄りの荷物持ってあげるとか、フィクションの登場人物か?ってくらい人助けをする人で、それは別にデート中とか関係なく行われる超正しい人であった。そういうところが好きだったんだけど、そういうところが原因で別れた。
ひとつのことが原因というより積み重ねだったのだけれど、一番決定的だったのは彼と私が好きだったキャラクターのショップに限定商品を求めて並んだときのことだ。この手の行列にしては短いのかもしれないけど、一時間半くらい外で並んで整理券を手に入れた。一人一枚なので彼と私で二枚。
記載時間までかなり時間があるからどうしようか、って歩いているところで整理券が終了したことを店員に告げられて泣いている子供と慌てている親がいた。正直に言って超嫌な予感がした。案の定彼氏はその場で店員に一枚で親子が入れるか確認したうえで自分の分の整理券を譲った。二人分の個数制限分ほど買わないからこれでいいよね、外で待ってるから俺の欲しいものもお願い、と言われた。
彼氏の行動は今考えても間違ってはいないと思う。一人分の購入制限で欲しいものは足りるのも、子供がメインターゲットに含まれているようなコンテンツだったので、子供を優先する態度を取るのも正しい。
でも綺麗にかわいくラッピングされたりオブジェが置かれた店内を一人で回って、なんで私は今これを一人で見ていて、かわいいね素敵だなって彼氏と言い合えていないんだろう?と思った。それを彼氏に伝えた。でも子供優先じゃん。俺が見られなくても、その分あの子たちは楽しんだと思うからよかったよと言われた。喧嘩した。たぶん幻滅された。別れた。
よく女は感情(笑)って言うけど、そうなんだろうなーと思う。結果だけ理性的に見れば、彼氏の行動は超正しい。むしろ利益を生み出している。私たちは欲しいものを全て買うことができた。譲られた親子も欲しいものを買うことができただろう。私が一緒に店内を見たかったとか、買い物がしたかったっていうのは感情の話だ。彼氏にとってその感情は他人のために我慢できる範囲であった。皮肉でもなんでもなく素敵な価値観だと思う。
でも私はそうなれないなと思った。テーマパークで一日遊んだあと、足が痛くて疲れてるのに優先席でもない席でお年寄りに席を譲れるほど、美味しそうって事前に言ってたのに後ろの人が食べたがってるからってビュッフェで残り少ないケーキを我慢できるほど、頑張って朝から並んで手に入れた整理券を知らない子供に譲れちゃうほど、他人のために我慢できないのである。それが当たり前だって言えない。
彼氏は当然私にもその飛び抜けた善性を期待するが、私は利己的な人間のため、電車を一本見送ったら座りたいし、自分の順で食べられるものは食べたいし、ゲームセンターで二人でとったぬいぐるみは思い出に持って帰りたかったし、朝から並んだら一緒に店内を見て回りたい。それも伝えたがわかりあえず、私は彼氏の当たり前の基準値の高さについていけなかった。
たぶん人によって他人のためにどこまでリソースを払えるか、損を許容できるかってちがって、それがずば抜けて広い人と私みたいな狭いカスが付き合うと破綻する。
私はおばあちゃんの迎えが来るまで待ちながらイライラしてしまった彼女さんの気持ちがわかってしまう。好きな相手との初めてのデートで、二人で楽しく過ごす時間というリソースがどんどん他人のために払われていくことが辛くて、辛く思ってしまう自分の心の狭さを感じてさらに辛くなったのだと思う。私もそうだった。聖人とカスは付き合えない。
それはたまたまその時来た人たちがそういう人たちだったってことでは? 医者だろうが教師だろうが店員だろうがいろんなタイプの人間がいるだろ。俺は救急隊員や警官に嫌な思いをさせられことは無いぞ。運がよかったんだろうけど。
感情のまま書き出しているので文章ぐちゃぐちゃで読みづらいと思う、申し訳ない
この前同伴したお客さんが本当にきつかった
いわゆる弱者男性ってこういうのを指すのか、というくらい清々しいくらいの弱者男性
まず自分が予約取った店なのに一向に先に入ろうとしない
私から誘ったなら私が先に入るべきだけど、こちらはあなたがどんな名前で予約したか知らないからあなたが入ってくれないと困るんだが?
行きましょーと行っても入らずイラついたので私が結局先に入ることに
普通に手でも挙げてすみません〜って声をかければいいのに、店員来ないねと挙動不審なくらいキョロキョロする始末
恥ずかしすぎる、頼むからやめてくれと思いこちらも私が手を挙げて店員さんを呼び、注文も私が済ませた
ここまでであればまだ我慢できたが、食事の時に音を立てて食べる 品がない、ありえない
その上店員さんについてボソボソネチネチと文句をつける 注文してないものが運ばれてきたことに対して奴はボソボソ文句を言い、これどうする?などと私に言った 直接店員さんに何かを言った訳では無いが、こんなもん頼んでないですと言って下げて貰えば良いだけだろ 面と向かって話すことはできないくせに裏でネチネチボソボソ文句を言う態度が心底気に食わなかった
もっと何かあった気がするが食事のときの話はこのくらい このあと私が勤務する店に行った訳だが、彼はここで高校時代の成績(現物)を見せてきた
40すぎの男が20代の女に30年ほど前の成績を見せてイキってる図が本当に惨めで仕方なかった、というよりものすごく引いた
つーか高校時代の定期テストの順位表なり模試の成績なりをまだ取っておいてるのかこいつは。そんなもん捨てるだろ。私に見せるためにせこせこ探したと思うと非常に哀れだった
これを見せる際に「中学時代の成績だと学年1位とかあるから嫌味になっちゃうと思って!」などと言われたが、なぜ私が40すぎのおっさんの中学時代の成績自慢を嫌味に感じなければならないのか甚だ不思議だった(見せてくれた成績はまあ四大行くならこのくらいは普通にあるよね、というくらい普通の成績だった 昔と今では教育内容も変わっていると思うのであくまでも私の物差しで見た主観だが)
私はこいつとこれまで関わってくる中で成績の話や学歴の話など1ミリも出したことは無い 一体何のアピールなのか。
こいつは人を見下しているのだとひしひしと感じ言い様の無い不快感があった
こいつと渋々フレンドになったゲームがあるのだが、それにログインしていないと「〇日ログインしてなかったね!忙しいのかな?」やら「〇時間前にオンラインになってたね!」やらメッセージを飛ばしてくる始末。恐ろしすぎて大好きだったそのゲームも離れがちになってしまった。許せない。早くオンライン非表示の機能を実装してほしい。
この他にも色々と哀れな要素はあるものの、あまりにも多すぎて書き出しきれないのでここまで。
どうしてこんなにコミュニケーション能力が欠如したプライドだけはバカみたいに高いモンスターが出来上がってしまったんだろうか
こいつは実家暮らしで友達もいないようだから、やはり人生の正しい段階で正しく人と関わることが出来ないとこのようになってしまうんだろうか
私も陰キャだが、仲良くしてくれる友達が一定数いて、それなりに辛くも楽しい学生時代を送れたことはとてもありがたいことだと思う
「1人でテーブル席独占してんじゃねえよ」
と呟いたのでそっちを向いたら
わざとらしく口に手のひら当てながら「聞こえちゃったー!」みたいな無言のリアクションして半分キレそうになった
そしたら彼女のほうが無辜の俺を睨みつけて「私が彼氏を守る!」みたいな敵対姿勢を見せてきたので先に店を出て待ち伏せして尾行して彼氏のほうを殺すことに決めた
電車のなかで俺の存在に気づいた2人が降りて俺も同じく付いて降りたタイミングで
「おめえなんなんだよ。付いてきてんだろ」
とウンザリした感じで凄まれたので乱闘になって結局男のほうも彼女のほうもボッコボコにして二人とも鼻の骨と頬骨を折ってやった
結構な金使って彼女のほうの実家を特定出来た(彼氏のほうは無理だった)ので突撃して超絶天然な実母と病気で寝たきりの父親を詰めまくった
本当に甘やかして育てたわけではないとそこはしきりに否定してた
今もたまにむしゃくしゃした時に電話かけたり、家上がりに行ったりしてる
仕事なくなったら住みこもうかと思ってる
創作です
この人本当にかわいそう。
自分の体験から女性の置かれている状況をよりリアルに理解したって言ってるだけで、むしろ良いことなのに、リプと引用RTは罵詈雑言の嵐。
もう発言や文章には、「女」「女性」「ジェンダー」「性」「妻」とか、性別を想起させるキーワードは一切使わないほうがいい。
妻ちゃんと2人で、化粧水を探しに美容部員さんに色々質問していたら、店員さんが僕の質問はほぼ無視で妻ちゃんの方しか向かないで話し続けていて『おぉ、これが噂に聞く、家を買う時や車屋さんで妻さんが軽く見られたりする現象か、世の女性は本当に理不尽な目に遭っているのだな』と身をもって学んだ
コンビニのレジで「あ」と口に出しそうになって止める。まただ。買った覚えのない飲み物がレジ打ちされている。
買おうとしていた緑茶の横にあったのだろう、よく知らない健康によさそうで美味しくなさそうな飲料を、間違えて持ってきてしまったのだ。
もちろんそんなことを店員さんに言い出せるはずもなく、さも当然のように買ったものを受け取って、会計を済ませる。言い慣れた「アリガトウゴザイマス」は崩し過ぎのネイティブの発音よりよほど聞き取りやすい。緑茶よりも5割増しほどの値段だったその飲料は、不自然に苦かった。
この苦味と求めていた味の差が、つまりは私と世界のズレの距離なのだろう。物理的に冷蔵棚の隣に配置されていたのだろうから、ペットボトル一本分がそのズレと言えるのかもしれない。いずれにせよ、最近は世界とピントが合わないことが増えてきた。
物を間違えて手に取る、通り抜けられると思った隙間で身体を強かぶつける、単に平地で躓く。視覚のズレだけではない。電車で聴こえる他人の話し声はもはや何の言語かわからない。日本語だったとしても外国語のように響く。
体感としては、自分という電球と世界というソケットの接続が悪くなったような、そんな表現がしっくりくる。もともと噛み合っていなかったものが、どんどんその齟齬を大きくしていっているような。
どん、と後ろから通行人にぶつかられ、地面に膝と左手を強く打ち付ける。美味しくない飲料は全てこぼれ、アスファルトに小さな離島の絵を描く。私を倒した男はそのことに全く気づかなかったように前方に去っていく。自信に満ちた背中で。
あるいは私は、この世界から拒絶されて、消え去ろうとしているのかもしれない。それは、世界を拒絶し続けてきた私には相応しい末路のような気もするのだ。
年を取るに連れて楽しいことが減っていると感じる
感性が鈍くなり、何を見てもあまり感動もしないし興味もひかれない。そして気力もわかない
健康面でも不安な項目がちらつきはじめた。なんとなく不調な身体を引きずって毎日生活している
今でこれだったら、更に年をとったらどうなるのだろう、と思って周りを見てみると、高齢者になって幸せそうな例が周りにない
気を付けて見ればあちこちで誰かに迷惑をかけてる老人ばかりが視界に入る
銀行や病院の窓口、レジ、どこかの店員にからんでいる年寄、そんなのばっかり
身体にガタがきて、病気と痛みを抱えて、頭もぼけて、誰にも相手にされなくなって、老齢者の生活のそんな面ばかり目に入るのだが
老人になってしまったらいいことってないのだろうか
そんなにしてまで自分は生きたいと思えない気がする
トラバもはてブも色々コメントありがとうございます!一番刺さったのは「男ともセックスしてみる」でした。考えたこともなかったし体験した後の風景が一番想像できない。人生経験として体験してみるという発想に衝撃を受けました。なかなか勇気出ないだろうけど死ぬまでにやることリストにメモしました!
追記ここまで
Die with zeroを読んでとても感銘を受けた。子供の頃貧しかったのでお金が増えるのがただただ嬉しく、仕事ばっかりやっててお金が溜まる一方だったが、これではいかんことにようやく気づいた。一度贅沢しちゃうと戻れなくなるーとか思って抑圧してたけど、よく考えたら贅沢で破産するほど人生残ってないし、お金を気にせず経験を積みまくろうと決意。やってみたことは以下の通り。性的欲望も抑圧してきたのでこちらも存分に解放していく所存。
まだ数百万円くらいは使いたいので、経験値の観点でなんかオススメできる散財方法があれば教えて欲しいです!(自宅はあります)
親がそうなんだけど知らない人でもやっちゃう
例えば、店員と客のとき、レジ対応してて声を荒げられると、本来セルフなのに袋に入れて渡そうとしちゃう
例えば、店に入る客同士のとき、後ろから階段登ってくる人がため息ついて足音でかいとやたら早く登っちゃうし、その後なるべく邪魔にならない位置に移動しちゃう
出来るだけはやく嵐に去ってほしい
怖いし
それかできるだけ早く逝ってほしい
吉野家の鉄板牛カルビ定食を頼んだけど、いまいちだった。牛丼の牛肉の味を変えて玉ねぎを抜いて代わりにネギを乗せたというだけだ。鉄板(鉄板というよりも鉄鍋?)は寒い冬なら温かくてありがたいだろうが、そうでなければ食べるのに邪魔なだけだ。こんなことなら、牛丼のサラダセットを頼めばよかった。スマホクーポンで50円割引をしたが、それでもなおコスパ的にいまいちと感じた。
また、支払いの際にVポイントを貯めてみたが、レシートを確認すると3ポイントついただけだった(還元率0.5%だろう)。スマホを取り出して吉野家のアプリを開いてバーコードを表示して店員に見せて50円割引してもらい、次はVポイントのアプリを開いてバーコードを表示して店員に見せてVポイントをもらう。そうしてからやっと支払いをした。店がそれなりに空いていたから問題なかったが、こんな面倒なこと混雑した店ではやりたくないなぁ。クーポンなら数十円の割引だから多少面倒でもやりたいが、Vポイントはもらう手間を時給換算したらもらわない方がましなのでは?
その後ドラッグストアのゲンキーで買い物して199円(税抜)のカツサンドを買ったが、これは良かった。カツがでかい。分厚い。それに本物のロース肉だ。ハムでもなくミンチ肉でもなく成型肉でもない。カツには衣全体にソースが染みているが、カツは分厚いのでソースの味に負けてない。パンは、でかいソースかつを持つ際に手を汚さないための存在と言って過言ではなかった。カツサンドと玉子サンドの2つが入っていて574kcalだ。これで199円は安い。玉子サンドは味も量も普通だった。
参考↓
コンプレックスと見栄によって、思春期から最近まで大きい靴を履いていた。
何で?と思うかもしれないけど、玄関とか、居酒屋の小上がりとかで靴脱いだ時、
周りと比べて靴が小さいと恥ずかしいんだ。自分しか気にしてないだろうとわかってても。
選ぶサイズは25.0になり、25.5になり、ピーク時は26.0を履いていた。
バカバカしいよな。正直、歩きにくかった。履き続けるうちに慣れたが。
ちなみに、シークレットブーツを履く勇気はなかった。(脱いだ時に縮むのが恥ずかしすぎる)
でも、チビなりに仕事や対人関係頑張った結果幸い結婚することができて、
子どももできて、どんどんおじさんになって、買う靴のサイズが少しずつ小さくなってきた。
そしてもうすぐ40という年になって、先日、多分25年ぶりくらいに24.5の靴を買った。
でも、履いてみたらめちゃめちゃ足にフィットする。
家族のおかげでようやく身の丈に合った生き方を選べるようになったのかもしれない。
というかぶっちゃけ、モテようと思わなくなったら楽になったというだけの話ではあるんだが。
でも、なんか清々しい気持ちになったという話。