はてなキーワード: 生活とは
別増田だが、ワイも強制力がないと生活のリズムが作れなくて、強制で何かをしていないと頭がごちゃごちゃしちゃって負のループに入るタイプだけど、
仕事の忙しさでリズムを作ってそれに乗り続けると、ある日突然にエネルギー切れが来るから、そこは自覚的な方がええど
それから、増田みたいな仕事をしてる方が楽タイプはスキル『金と仕事に困らない』は、得ることができると思うんよ。ワイもそうだしね
ただ、金と仕事に困らなくても、強制力がないとリズムが作れなくて頭がごちゃごちゃしちゃうタイプは、何かを極めたり、高給を貰える組織のボスになるのって、なかなか難しいんよ
世の中はどんどん高齢化しているから、高給で器用貧乏がテキトーかます限界が何歳で来るのかは不明だが(とりあえず40代ではないみたい)、
なんらかの理由で、かなりお給与妥協しないといけない時も来るかもしれんのよ
その時に金を稼げるだけが自分の軸だと、学年1位だったのが俺のアイデンティティだった学歴厨みたいに、簡単に折れちゃうのよ
そういう話聞くとさ
身近な人のささやかな幸せも叶えられない奴が聖人なのかなって思うよ
自分がいい人やってるだけだよね
自分の能力以上のことをやろうとして、全ての人を幸せにはできないから
増田が悪いって所に落ち着かせる結末になってるわけじゃん
自分が「子供に譲らなかった」とか、そういう状況が耐えられないから
それを許す人が聖人なのかね、そんなに素晴らしいのか?
なんか違くね?っていつも思う
「全ての人が同じ利益を得られない」「欲しい人全員には配れない」
当たり前じゃんそんなの。この世界は誰かが割を食うんだわ。
抑うつで1年休職してすっかり元気になったけど、復職したくなさすぎる。
平日はこんな生活してて、あ〜これが人生ってやつね〜って思う。
取り立てて大きな出来事はない毎日だけど、おだやかで自分の好きなことをして過ごせるのは本当にいい。
休職してしばらくは流石にずっと寝てたけど、1年くらい経って平日の過ごし方も安定してきた。
9時 起床、猫のお世話
24時 就寝
何も予定のない平日はこれで、あとは週2でパーソナルジムや他の習い事があったり、パートナーと過ごしたりでとにかく自分がやりたいことをしてのんびりしてる。
医師は復職のやる気がないうちはしないほうが良いというスタンスで、会社のルールとしてもあと半年くらい休めるからそのつもり。
むしろ良くしてもらっていると思う
出回ってる言論に「うつならバイトなんてできない」とか何とかあるけど本当に人によるんだなと思う
働けてしまうから働く、たぶん本当に分別がつかなくなるとかぶっ倒れて動けなくなるまではこうしているんだろうと思っている
四月から朝なんとか出社して昼間普通に働いて夜に電池が切れてを繰り返し
日にもよるけど帰ってから動けないことも多い 調子悪いと入眠できても夜中に目が覚めるし悪夢とか幻覚を見る でもなんとか生活している
でも逆に制御効かなくなって何も出来ない瞬間自分がうつってことを実感して絶望してるのにほっとしたりする
ただの怠慢じゃないって思えるから
そんなんでとうとう社会人になってしまったけど、この状態はいつまで続けられるんだろうか
死んだら迷惑がかかりすぎるから頭がまともに働くうちは死ぬ予定ないけど、ふっと終わる瞬間がいつか来そうで怖い
何年も綱渡りをして生きている はやくこの綱を降りたい
どれだけ嫌な事があろうが、満足している瞬間が少しでもあればそれだけで人生を肯定出来る。それは自己実現の喜びであってもいいし町中で買える喜びであってもよくて、重みは問題ではない。
そもそも重みなどない。快不快を勘定しようとする事自体がナンセンスだ。限界効用だのアドレナリンの分泌量だのと数字を持ち出してお茶を濁した所で、我々が常に瞬間的に感じている快不快とは定性的なものなのだから。
こういう風に考えれば、生きることに対して割と無条件に近い状態で希望を持てるような気がする。というよりは悲観に屈しないといった方が正確かもしれない。
こうありたいような気もする。安直なヒューマニズムとはまた違うと思う。リアリストを気取っていてその実単にペシミストでしかない奴は嫌いだし。おれはニヒリストではあるけれど、ああいう連中はいけ好かない。
ただあんまり無闇矢鱈に人生は素晴らしいと考えるのも、それはそれでなんかなって思う。少しでも引っかかりがあるのなら、そこを無視して人生バンザイと言うのも自分に不誠実な気がする。
やっぱりなんとなく心の中に秤をイメージして、総体的に納得ある人生を送れているかを気にしてしまう。
自分の望む生き方を出来てる人はこういう考えでも別に問題無いんだろうけど、そうでなきゃ辛い。
辛さをバネに、とかそういう気にもあんまならんし。
不快な気持ちに特別な意味を見出したり、道具として支配してやろうってのもなんかなあって思う。嫌なことをただただ嫌なだなあと受け止めるのも大事に思えてならない。 まあ嫌なことは嫌だし、大して楽しくもないのに面倒臭さだったり不快さだったりを抑えながら生活に追われるくらいだったら死んだ方がマシだろ……
みたいな考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる回ってる。
結婚でもするなりして他人への奉仕に生きよう、なんてのはありがちだけど、それを実践してる人が果たして幸せそうかというと微妙なところはある。他人な上に立場も違えばもちろん視点そのものが違うし、そういう人らの人生のほんの一部しか見てないから何とも言えんのだけど。
私もいま、同じような感じ。
はてぶでブクマしなくなったしTwitterでも、ニュースに対してコメントしなくなった。
なんか自分の考えを発信するのは良いけど、所詮はバカのネットイナゴだからね(笑)
本当に賢かったらネットイナゴで埋もれてないし、ネットなんか気にならないくらい金あって優雅に生活してるハズ。
だってその方が楽なんだもん。
仕事は俺と同等かそれ以上に出来るし、容姿も優劣はあるけど体型の維持やファッションセンス、あるいはメイクという点では努力してる。
俺みたいな年中スラックスとカットソーで生きてるような男とは人間としての生活水準が違う。
そんな相手ともし結婚なんてしたら、こちらが向こうの合わせなくちゃいけなくて苦労の連続だろう。家事や育児だってきっと対等に扱われるに違いない。
観光地デートでのゴミ問題から見る女心の難しさ(注:"女心"ではなくこの増田個人の感覚でしかない)
https://anond.hatelabo.jp/20231212140014
もし増田が彼女と別れず結婚となったとしたら、倫理観のギャップで生活全般がギスるだろうし、下手すりゃダブルバインドで子どもが苦しむ未来が見える
(結婚前に増田の家族が見抜いて「あの子、ちょっと…」ってなりそうだが)
良く言えば彼女は強者の理屈で生きてる人だし、学ぶ部分もあるだろうけど、その前に相性が悪すぎてストレスで終わりそう
ということで次行こ次
そうね
しかも、文化的建築物(歴史的建造物など)・サービス(美術館や図書館など)については、それを再生産につなげられなければ文化資本とは呼べなくなるという点も微妙
結局そういう施設があっても、それを文化資本にできるのは多くの場合、土地や金など生活的地盤、習慣、人脈、職業など、世帯内の文化資本を持ってる人なので、
世帯が世帯内に有する文化資本:土地や金など生活的地盤、習慣、人脈、職業など
ビリー・アイリッシュ、「セルフプレジャーは私の生活の大部分を占めている」
https://www.vogue.co.jp/article/billie-eilish-favorite-way-to-decompress-sex
休日は片道100kmくらいかけてお出かけはあたりまえ生活。遠くのスキー場にもめちゃくちゃ出かける
ちなみに家充電はないのでだいたい近所の急速充電を使っている。
まずこれな、ぜんぜん使える。航続距離が1~2割落ちるかな?程度
てかアプリから暖房つけられるし、乗ったらハンドルもあったかくなってるから便利。あったかいんだからぁ~
渋滞につかまったとしても暖房とシートヒーターの消費電力はたいしたことない
これも今のところまったくない
もっと乗ってる他車の情報見てもバッテリー劣化が問題になることはなさそう(テスラに関してだが)
これは正直人による。自分はおでかけの休憩時に充電するのでそこまで不便じゃない
家充電があれば最強というのはわかる
もう走り回るわ跳ねるわで揺れる揺れるw
正直うるさいなぁとは思ったものの、今まで静かだった近隣に生活の音がして落ち着くようになった。
ハロウィンやクリスマスの時期になると外の階段まで電灯で飾り付けて友達を連れてパーティを開いていた。
楽しそうでなにより。