2024-03-08

みんな死ぬ

鳥山明が死んだ。

神田沙也加も死んだ。

安倍晋三も死んだ。

三島由紀夫も死んだ。

ウチのペットも死んだ。

みんな死ぬべきではなかった。社会に対して、他者に対して、影響力を持った人物だった。生きている意味があった。うちのペットには何の罪もなく、ただただ可愛かった。

特に何の社会的な価値もない自分は生きている。あまりに偶然であり、特に必然性もない。ただ単に、偶然、何の意味もなく生きている。

生かされている理由があるわけでもない。ただの偶然だ。その辺に虫が這っているのと同じ現象だ。

自分が生きていることが(別に価値がないとか無駄とか言っているわけではなく)本当に、夢幻のように思えてくる。もしかしたら、誰かの古い記憶をすごくリアル追体験しているのかもしれない。

自分が見ている光景、感じている感覚、嗅いでいる匂い、感じている感情は何の形にもならず、誰にも伝わらず、ゆえにシュレディンガーの猫のように、社会的には存在しないも同様である

だが胸が締め付けられる。ただただ胸が締め付けらるのである。いや、しかし、それが生きていると言う事だなあ、こんな気持ちを、死んだ者たちはもう感じることもないのだ。

そして自分もいつか死ぬ未来では自分は死んでいる訳だから、今の自分が古い記憶なのは当然なのである

  • 詩を書け。文を書け。半生をまとめて、国立図書館に納本しろ。

  • 三島由紀夫だけ時代が違いすぎるやろ

  • ちょっと待って。シュレディンガーの猫というのは、箱を開けるまで「生きている確率」と「死んでいる確率」が重ね合わせになった状態のことを言うんじゃないの? 存在しないわけじ...

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