2021-05-08

さみしさへの社会的ケア

警察に1年間で3875回通報した男性逮捕、というニュースを見た。

電話口で警察クズと罵る一方で、話を聞いて欲しかったのだという。

会社員男性、54歳、他のプロフィールはわからない。

はさみしかったのだろうか。

彼がさみしくなかったら、電話しなかったのだろうか。

年間物凄い回数の不要な(事件性が無かった)通報警察業務妨害されている、ということは、極端な物言いになるが、万が一自分事件に巻き込まれて一刻を争う時、警察対応が遅れる可能性がある…のかもしれない。

今「自分」を主語にしたが、これは誰でもだ。

個人のさみしさは、社会にとって少ない方が良いんだろうなとしみじみ思った。

さみしさに対する社会ケアって、思いつくのは例えば自治体主催イベントとかなのだけど(ウォーキング会とか)、それらは「さみしい人、是非参加を」なんて書いてない。

そもそもそんなこと書いてあったら、さみしい事を自覚してても参加しづらい。

さみしさ問題は、貧困問題などに比べて、なんというか明確に手を差し伸べづらい部分がある。

問題を抱える側が手を伸ばしやすい仕組みにする必要もある。

どういうシステムならうまく回るんだろう。

  • コミュ障ってグラデーションありすぎる。 コミュ障で括っちゃうと、診断済みでプロでないと対応できないレベルの人まで含まれる。 自助で何かやろうと思えるレベルの人が、結果的に...

    • 一般の素人に任せようというのではなく、素人でも運営できる社会的仕組みの構築は出来ないもんかな?と考えてる。

  • 人が集まれない世の中だから難しいな今は特に インターネット使えない層だけじゃなく、インターネットを使えても人と関わる場を持つのは難しい

  • 電話口で警察をクズと罵る一方で、話を聞いて欲しかったのだという 増田でよく見る何かだ

  • 家庭なり、シェアハウスなり、そばに人がいることやろなぁ

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