俺はフェンシングをやったことがないが、やらされるならエペかフルーレかサーブルかを選ぶことになる
サーブルがカッコいいなと思うが、「特に反射神経が必要」「難しい」とか言われたら多分他のを選ぶ 俺のパーソナリティとか趣味は今後そう大きくは変わらないだろうから、多分人生のどのポイントでフェンシングスタイルの選択を迫られても同じものを選ぶんじゃないだろうか
つまり、俺のフェンシングスタイルはマスクデータとしてすでに存在していると言っていい
同じように、格闘技とか喧嘩をやらないから可視化されていないだけで、やり始めたら人類皆必然的になんらかのファイティングスタイルを持つことになる
いつも行くスーパーのレジにいるご婦人も、配達のおっちゃんも、外をいつも散歩してる爺さんも みな戦うとなれば個々人の型をもつはず
カポエラを極めようと思う人もいるだろうし、総合格闘技を参考にする人もいるだろう もちろん完全に我流の人もいるし、騙し討ちに全てを賭けるって人もいるかもしれない
今の人類は闘いと無縁だからみんな自分のファイティングスタイルに気づいていないだけだ これまでの人生が決定づける闘い方というものがすでにあなたの中にある
現代人は媚びを売るとか色気で勝負とか正論で言い負かすとか責任から逃げるとか 今を生きるなりの戦い方をそれぞれ身につけてるよな
元増田の言うファイティングスタイルというよりかは、もっと原始的な生存戦略として、それぞれが人生との戦い方を身に着けてるよな。
物理的には戦わないけど、法の盾と正論の棍棒で正面から殴り合うストロングスタイルで戦ってます。 法と論理の浸透した地域ではかなりの強さですが、それ意外の工業地帯や場末では...
世界観がすき。 自分のファイティングスタイルがカッコいいやつであることを願う。