そもそも仏教とは、本来は簡単に出家と還俗を行き来できる宗教である。
出家とは、信者が僧団(仏教集団)に属して共同で修行生活を営む状態である。出家信者は基本的に外界との関係を持たない。在家信者から幾ばくかの支援を受けながら修行を続けるのだ。在家信者は出家信者への支援により徳を積むため、相互に関係が成り立つ。
つまりは出家信者とはアウトサイダーの集団である。社会から放逐された人が出家する話は仏典にいくつも存在する。ただし、在家信者との関係が良好でなければ集団を維持できないため、僧団は過激・排他的にはならない。また、出家信者はいつでも還俗して在家信者に戻ることができる。(だいぶ変容している日本仏教でも、出家と還俗はしばしば行われてきた。おんな城主直虎とか)
このシステムはとてもよいと思う。俗世で生き辛さを感じた人間が仏教に救いを求めると、俗世から遮断された集団で戒律のもとに生きることができる。修行が合わなければ還俗して在家信者として生きることができる。そしてどちらにせよ徳を積むことになるので、世間的に格好がつく。外面が良いというのは救いにもつながる。
日本仏教は葬式仏教化して久しく、熱心な在家信者も少なくなっており、このような古典的な僧団が成り立つ余地はないのかもしれない。だが今の社会だからこそ、気兼ねなく僧団に参加できるようにできないだろうかと思う。俺もそういう救いがほしい。
曹洞宗なんて東大ばかりだよ