2019-01-30

「俺が悪いんだからしょうがない」を使いすぎるとある日爆発する

私には「俺が悪いんだからしょうがない」で色んな気持ちを飲み込むくせがあった。

それが処世術であり、それこそが生きる道だと信じていたのだが、改めて振り返ってみるとこの方法に頼っていると定期的に精神が爆発を起こすことが判明した。

どう考えても自分が悪くない状況で、理不尽な目にあった時、自分が悪いという言い訳によって怒りや悲しみを飲み込むことができなくなったその瞬間、それまでに積み上げてきたストレスが爆発する。

世の中の理不尽は複雑化した社会構造の中で生まれものばかりなのだから、それらを紐解いていけばどこかしらに「でも、俺も悪いんですよ」で無理やり自分を納得させられる。そう信じていた。

最もシンプルなのが可視可視を問わぬ階級制度であり、自分立場が高いことや低いことに無理やり理不尽の原因を持っていけばそれで大抵のことは無理やり飲み込める。この方法論で人間として振る舞いきれると思いこんでいた。

だが今までの人生ゆっくりと振り返ると、どうもそうではないらしい。

「俺が悪い」によって社会にある99%の理不尽は絶えきれるのだが、それには例外があり、その例外にぶち当たった時、溜め込んできたストレスvs精神的余裕 による戦いが始まり、それまでストレスを貯め込むことに疲弊した精神は常にその戦いに負けてきたようだ。

問題はこれからどうやってストレスを抑えるかである

生身の自分で抑えられる程度のストレスしかない環境に身をおくのが一番手っ取り早い気もするが、今の日本にそんな場所を期待するのは難しそうだ。

  • 簡単だよ うまくいったら自分のおかげ うまくいかなかったら他人のせい そう思えばいいんだよ できない仕事なんて割り振るほうが悪い

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