2017-07-23

嫌よ嫌よも好きのうち

最近性犯罪についての議論やらと、「子供の頃嫌だと言っても(からかうこと等を)やめてくれない大人が本当に嫌だった」という内容のブログだかトゥゲッターだかを読んだ影響で、子供が「嫌だ」「やめて」と言ったらすぐやめるようにしている。大人が「やめて」と言われてやめなければ、子供に「やめなさい」と言ってもやめない子に育つのは当然だと思ったし。

今日も娘(2歳)とくすぐり遊びをしていて娘がケラケラ笑いながらも「やめて〜!」と言うのでくすぐるのをやめた。するとしばらくして娘が「コチョコチョして!」と言い出した。さっきの「やめて」は本当にやめてほしかったわけではないらしい。思えば自分子供の頃「嫌!」と言いつつもっとくすぐってほしいと思っていたことはあって、嫌と言っているのにくすぐられたりすると嬉しかったな。

外国では「嫌」イコール「嫌」でしかないという。この「外国」が欧米だけなのか、他の東アジア含む全世界なのかよく分からないけども、外国の子供はくすぐられて「やめて〜」と言いつつ本当はもっとくすぐってほしいと思っていることはないのだろうか。なんとなくある気がするのだが。

外国では「やめて」と言えば大人は実際にやめることを何度も体験することで、子供はやめてほしくない時は「やめて」と言わないように学習していくのではないだろうか。つまり大人に「やめて」と言ってもやめてもらえない体験を何度もする日本から、「嫌よ嫌よも好きのうち」という思想が育まれていくのではないだろうか。(それは逆から言うと、大袈裟だが、親に本心を察して貰える嬉しい体験日本では可能で、外国では不可能だということ)

外国では「やめて」と言いつつ本当はしてほしい、という態度は子供だけに許される幼稚なものなのかもしれない。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん