2016-09-28

夏目漱石それから』(1909年

何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。

もっと大袈裟に云うと、日本西洋関係が駄目だから働かないのだ。

第一日本借金を拵らえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。

この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。

けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本西洋から借金でもしなければ、

到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。

そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、

奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから

なお悲惨ものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。

その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。

こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。

悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから

揃って神経衰弱なっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿から

自分の事と、自分今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。

考えられない程疲労しているんだから仕方がない。

精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。

のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、

輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。

その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。

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