それは確かに怒りだった。なんで私はこの勝手な男の理屈で殺されなければならないのだと私は全力で怒っていた。
今なら真っ直ぐに刑務所行きになるレベルの恐喝と暴力を警察に相談できずに何年も金を脅し取られ、肉体関係をずるずると持ち続けた男のたわごとに対する怒り。私を踏みつけた後も、「親にこの事を言うぞ」の一言で恐喝され続け更に何年も私を踏みつけ続けた無様な男。それでも何とかそういう状態から助けだしたいとその時の私が思っていた、男。私はしばらくその男を鞄で殴り続けた。死んだらおなかの子どもの事も全て、その女の嘘で塗りつぶされてしまうと私はその時感じたのだ。なぜなら、その女は既に自分の嘘を使って、医学生達に部屋の中を惨たらしい状態に荒らさせていたのだから。
警察に行く、という言葉が出たのはしばらくの無言の後だった。そして、「いけない。血を交換しているから、病院に駆け込まないと。」という言葉が続いた。そう。山の中で雪にマフラーを埋めて一酸化炭素中毒を、という話の前に無言で始められた血液の交換は、確実に死をもたらす行動だった。そして実際にはそうはならなかった。気づいたかもしれないけれど、その条件は「血液型が違っていたら」なのだ。実際には私達の血液型は同じで、何の効果も無かったという話になった。もちろん、雪にマフラーを埋めて一酸化炭素中毒を引き起こすという事がその後に企てられていたから、「恩師に自分の死体を解剖させるなんてできない」という話から引き出された私の激怒がなければ、その自殺と殺人は完成して一酸化炭素中毒の死体がふたつ、警察に並んでいただろう。
男は車を切り返して戻り始め途中で何度か電話を掛けた。そしてこのまま警察に行ってくださいという私の言葉を無視して、悲惨な状態に荒らされた部屋に私は再び連れ戻された。