私たちは非常に見せかけの名誉に弱い。それがいかに実体のないものであっても、私たちは名誉につられてしまう。
この名誉というものは非常にやっかいだ。それはある人たちから称賛され、善きこととして見られる。しかし、別の人たちから名誉は称賛されず、悪の権化として扱われる。
たとえば戦争を見てみよう。アメリカに戦争をしかけた日本は、今この国においても誤ったことをしていたのだと考えられている。しかし当時は、大多数の国民や、メディアがそれを支持していた。国民は、横暴な大国に挑む「偉大なる神の国」日本を戦争を通してみていたし、戦争に否定的な見解をもつ人も大多数は明日の食事を手放さないために行動を起こさなかった。たとえ数年後に食事に困るとしても、それを予知し、あるいは予知したことを信じるなんてことは、当時の国民にはなかった。それに、数年後に困窮することを考えるより、明日の食事がまかなわれることの確約の方が、大切だ。数年後は、明日の明日のそのずっと後にやってくるのだから。
ともかく、日本国民はかつて真珠湾攻撃を名誉として見ていて、それが戦後に転回された。アメリカなど、連合国は当然、真珠湾攻撃を悪の権化として見ていただろう。
そして私たち自身の問題に引き戻す。私たちは、ある団体、たとえば部活で活躍している人に対して敬意をもつ。しかしそれは正しい敬意だろうか。その部活には実は、異常な部内抗争があるかもしれない。また、その敬意を表される人と、その仲間が、善き方へ導こうとする人たちに対し、圧迫を加えているかもしれない。私たちは、「敬意を表する」ことによって、その圧迫や、抗争の進行を助長しているのかもしれない。
もう一度考えてみよう。あなたの名誉と思うことは、本当にそれに値するだろうか。名誉は批判に耐えうる実体を有しているだろうか。名前ばかりみて判断していてはいけない。あなたが考える力を持っていることを思い出してほしい。
全くだな。たかが千文字にも満たない文章を「平和憲法」とまで持ち上げ、否定しようとすれば、まるで戦時中に「非国民」を批判するがごとく唾を撒き散らして「ナチス」だ何だと煩...
平和憲法がなかったら、朝鮮戦争やベトナム戦争のようなアジアの「冷戦」(正しく熱戦と言うべきだが)は日本列島を舞台にしてたと思うぞ。
まあ君がそう思うのは自由だけど、おれはそう思わないなあ。 平和憲法より安保の方がはるかに効いてるんじゃないの。
増田民の知恵を結集して、「軍事優先で」「国家統制経済で」「中国とアメリカに喧嘩を売る」国でいいじゃん きっと地上の楽園だーよ? もうさ、なんか考えるのめんどくさい
つーか、平和憲法を制定したのはアメリカを日本を非軍事化して富国強兵前の小国に戻すためで、アメリカとしては東アジアの戦後秩序は米中二国でしきっていくつもりだったんだよ。 ...
冷戦終結後のアメリカのオプションとしては ①イデオロギー抜きで経済重視で中国と関係強化しつつ、米国に忠実な日本と同盟関係を維持する ②「テロとの戦い」に対応するため、日本...
アメリカというより西洋社会にっとて東洋は、日本人が欧州に感じるのと似たようなひとつのまとまったイメージがある。 その中で影響力のある何国かと協調しておいて、軍事的安定へ...