問題はあるのでしょうね。でもそれはあなただけが抱える問題ではない。それは「わたしとあなたは違う存在だ」ということでしょう。
至極当たり前の問題ですが、非常に難しい問題です。つまりじゃあそういう状況を認めるにしても実際どのように振る舞うかもやはり問題だからです。
これは私の問題でもあるのですが、人間がグループに所属する時にそのグループのルールを理解し実践しなければなりません。そのグループのルールは所属している「他人」、つまり自分とは異なる人びとのルールの共通項もしくはその人びとの同意したルールのはずです。もしあなたがそのグループに所属し、所属感を自分が得たいのであればそのルールを自分も理解し実践しなければならないと思います。しかしそれができなくても所属はできると思います。紙でかかれるにしろ、ただ一緒にいるだけにしろ。
わたしとあなたの違いを埋めるのがルールのはずです。ルールがあるから共同がうまれるはずです。
そして後もう一つ、これは文面から判断されなければならないはずですが正直ボクが読み取れなかったのでどうにも困ったのですが、あなたは何かを確信して何かにとり組んだことはあるでしょうか。どうもあなたはわたしとあなたを埋めるルールを使い共同を行なう意味すら捉えられていない気がするのです。なぜ人はグループで何かをしなければならないのでしょうか。僕にもほとんど答えがないのですが、ひとつ言えると思うのはやはり「わたし」が、そして「あなた」が確信するからではないでしょうか。それぞれがなにかをしなければならないと気がつくからではないでしょうか。そうした確信は欲求に変わってゆくと思います。なにかをしなければならないと思うからなにかがしたいと思える。そうではないでしょうか。
たしかに、ではそのやりたいこととやらを一人でやればいいではないかという反論があると思います。僕がこの反論にこたえるならば「やればいい」です。やればいいです。一人でやってみればいいです。一人で出来るのならばそれでいいではありませんか。それで満足するのならばそれはあなたがそれだけの人間だったということのだけの話なはずです。これはきついことなのかもしれませんが、やはり現実でしょうし事実でしょう。
それで一人で出来ないのならばみんなでやりませんかってだれかに言ってみればいい。まずは「わたし」と「あなた」の二人から。少しずつでも確実に。ルールを言葉で決めてみてもいいでしょうし、なんとなく流れで決めていってもいい。でもきちんとそれを守り相手の違いを認める。そしてあなたのしたいことを達成してゆく。
別の観点から言うのであればグループに所属することだけに執着しないほうがいいと思います。グループはあくまでも道具ですし一つの手法であるはずです。独りでできるのであればやりたいことを独りでやればいい。でもやりたいことの中で必ずできないことが出てくると個人的には思います。まあ、その時までに気持ちの整理をすればよいのではないでしょうか。
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