「どんどん地球環境が悪化して住みづらい世界に、子供を送り込むのはかわいそう」
とか
「不景気な日本、若者の年金負担が重い日本社会に、子供を送り込むのはかわいそう」
というように「先行き不安な社会に、わが子を送り込むのは可哀相・親の無責任」
という理由も見受けられるようだ。
先日、伊坂幸太郎の小説を読んで、この少子化理由を思い出してしまった。
ネタバレさせて失礼するが、SFオムニバス「終末のフール」の中の「太陽のシール」は、
「小惑星地球衝突(≒人類滅亡)が数年後、とわかっている世界で、妊娠が発覚した夫婦が、
(「終末のフール」自体が小惑星衝突・地球滅亡前の市井の人の生活を淡々と描いたSF集なんだが)
言ってみれば、「地球環境が悪化するから子供を作らない」「日本のお先が真っ暗だから子供を作らない」
というのは、「太陽のシールな世界だから、子供を作らない」というのと、本質的には変わらない気がする。
・・・で、「太陽のシール」の主人公は、悩みに悩んだ挙句、子供を作る決心をしたのであった。