全摘してその後も色々あってとりあえず今は落ち着いているが、状況からして再発の可能性は低くない。
父親は何とか再就職して、表面上今は落ち着いているといったところ。
ところが、俺はセカンドオピニオンだの何だの、できることを色々やっているのに、どうも父親がその辺を理解してないっぽい。
「なんだそれ」みたいな。いや話しただろ。
今なんとなく平和だから何も考えたくない、と思っているように見える。
しかし現実は甘くない。もし母親が死んだとしても人生は続いていくし、何とかやっていかなければならない。
使えない弟達(色々な理由で一人では生きていけない)もどうにかしないといけない。
そもそも今生きてる母親を支えるのはお前の役目だろ。
一発ガツンと言ってやりたいところだが、それ自体が原因で心が折れる可能性もある。
どうしたものか。カウンセラーでも挟めばいいのか?
増田に書くんじゃなくて夫に言えというのはごもっとも。
ただ、文章にして気持ちを整理したかったのと、
人様の意見がほしかった。
もちろん夫にも言ったけど、
夫以外の他人がどういう感想を持つのかを知りたかったんです。
私の言い分しか書いていないのでかなりアンフェアだとは思うけど、
他人なので率直な感想をいただけてありがたいです。
世代間の対立のときに出てくる言葉。
僕はこれを見ると、いつも何か違うよなと思うことがある。
まず、学ぶとは何か?
僕の中では、学ぶとは経験を、自分の思考によって処理することだと思っている。
故に、思考できる人間は常に学んでいるのである。
例をあげると、
まず、うんこをする時に思考を使い、普段とは違ったお腹の動きをしたら普段より早く排便出来たといった流れを分解する。
普段とは違ったお腹の動きをするように筋肉を動かすのが「思考」
普段より早く排便できたのが「学び」
例をあげたが、普段、この様に意識して排泄行為を及ぶ人は稀だと思う。
この様にとは、どの様にか、それは【普段とは違ったお腹の動きをするように筋肉を動かす】という思考の部分である。
そして、僕はここに学ばなかった若者に対する疑問のヒントがあると感じているのだ。
不満がある時に我慢できなくなって泣き叫んだこともあったんですが、
もう若くないしこの年で泣き叫んでいいのかなと思うと我慢することが多くて・・・
夫は過去付き合った女性からギャンギャン泣かれて修羅場になったことがないそうなので、
私だけがブチ切れ女なのかなと思ってあまり怒れずにいました。
よそのご家庭の事ってわかんないし、
「種なし宣告」をしたのは(夫に告げたのは)私なので・・・
常々その点には注意を払って傷つけないようにしていたつもりですが、
自分がしてほしいことを相手にしてあげてはいなかったと気付かされました。
心の中だだ漏れで被害妄想だから、電車の中でふつーの女の子から猛烈なプレッシャーを感じるんだ。
思ったね。(これがアムロの感じたシャアのプレッシャーか)と。
サザビーが2機いてνの漏れが座ってたんだけど、(いい匂いだな)とか思うとファンネルが飛んできそうなんだよね。スカートの下から。
でも、確率的にはこれが正解なんだろうね。
だから、大きい会社はこれでやってればいい。
学歴とインバスケットがだめなやつは、大きな会社に入ったら出世できないよ。
確率的に、あんたの業務遂行能力はそこそこだし、生涯年収もそこそこだな。
人の運も不平等。
これを読めてる時点で、世界の水準から見たら恵まれてるほうだ。
論旨をずらしてもうしわけないが、
いじめられっ子が傍観者に対していじめっ子以上の憎悪を持つのはどう?
友達だと思っていた奴が助けてくれなかった&教師の見て見ぬふりのときと、
全く親しくない傍観者との二通りがあるだろうけど。
明らかな未就学児が一人、もしくは、12歳未満と思われる子どもとだけと一緒だと、とても気になり、車が来るときは盾になったり、抱き上げたりしてしまう。
というのも、うちの息子はおチョロさんで、10秒目を離すといなくなる子どもだったので、ご近所の目に助けられていなければ、とっくに事故にあってると思うから。
ごくごく単純に、私は自分の子どもにしてもらったことをよその子にしているだけで他意はないんだけど、保護者からすると煙ったいらしい(とげとげしい、お礼の言葉のイントネーションから察することが出来る)。
子どもの保護者の「ありがとうございます」に対して。
「お互いさま」というには、相手と年代が違い過ぎる。
「事故見たくないだけなんで」じゃ重すぎる。
なんて言ったら(あ、ごく当たり前のことなんだ)と相手にさらっと流してもらえるだろう?
http://anond.hatelabo.jp/20100829012406
でも、抗議の仕方次第では、問題をこじらせるだけなので注意が必要。もう会社行っちゃっただろうけど、まずは、その暴言を吐いた本人に謝罪。その被害者たる彼女がどの部分を改善すれば、被害を受けずに済むのか、ご教授いただきたいとおもねり、彼女に出来そうなことを言ってくるのなら、彼女に伝えて改善要求。
つまり、単に文句だけ言っててもしょうがない。自分が「改善を求めるなら、こういう手順で」と思うことがあるのなら、暴言を吐いた本人と彼女の間に立って、その手順を代行してあげて欲しい。本人も彼女も、それ出来ないわけだから。出来るのならやってるから。
本当に助けるって、そういうことじゃないか?
根本から間違ってる。
偽善っていうのは「他人を幸せにする事で自分が幸せだという勘違い」から成り立っている。
まさしく「不幸せな人間が、外にやりがいを見出そう」としているのが偽善なんだ。
元増田が言っているのは「偽善をする前に云々」ではなく「偽善行為をするな」でしかない。
あと、「何人組で云々」はボランティア関係ないただのいじめの話。
それをボランティア行為と結びつけてどうこう言うのもまた…
久々に部屋を片付けて、要らなくなった本を売ることにして外に出した。
三年ぶりにまともにクローゼットの扉が開くようになった。
今年に入ってから確か一度も開けてないのでなにか生命体でも発生してないかと思ったが、
特になんの発生もなく普通だった。よかった。
あと本棚一つ捨てればなんとかなる。
あんなにいじめられっ子に対してひどい目にあわせているのに
どうしてそういうことが言えるのかというと
「お前さえいなければ自分はいじめっ子にならずにすんだのに」といういじめられっ子に対して理不尽な感情があるからじゃないだろうか。
本当は夫は思いやりがあって優しい人だし私を大事にしてくれてる。
本当に優しい人だったら「本当は」なんて単語を頭につけなくてもいいはずなんだけどね。
夫を知ってる人はみんな「愛妻家だよね」って言ってくれる。
ダメ男は外面はいいもんだ。
「みんな俺をいい人だって言うだろ?俺に対して反感を持つ方がおかしいんだよ」という風に妻をコントロールするから。
客観的に幸せな夫婦でも、裏で妻が苦しんで泣いて我慢してる夫婦はいくらでもいるよ。
周りの声に騙されるなよ。
ピーナッツ小さい子に与えたらだめなのは常識だけど、こういう親ってそれも知らなさそうだよね。
きっと、そういう人たちは自分たちの親からそういう教育をしてもらう機会を得られなかったんだろうな。
ちゃんと自己管理できる人の迷惑にしかならんという側面もしっかりと認識してからいろいろな社会的活動をしてもらいたい。
社会って言うのは、いろんな人たちの集合体なのだから。
もしも、自分たちの主張が「自分たちが子供を殺したことに対する罪滅ぼし、罪悪感、免罪符の希求」以外のモチベーションから来るなら、消費者庁なんかたよってないで自分たちで協会かなんか作って、強制力のない安全基準を作成して、その基準を満たしている企業にお墨付きを与えていく活動でもしてみるといい。
もしも、社会全体が「明確な基準のないこんにゃくゼリーは万人にとってスベカラク危険で、この基準を満たしているものが購入されるべきだ!!!」と思うなら、その商品はシェアを伸ばすだろう。
しかし、現実はそうはならないはずである。
科学的根拠に基づかない思い込みで動く活動家は、社会に強制力を発生させるような活動をしないでほしい。
正直、迷惑だし目障りだ。
まずは、まっとうな専門家が示した統計をひっくり返すだけの資料を持ってきてからそれからやっと議論が進むんじゃないのか?
いまぐだぐだいってたってどうしようもあるまい。
母親って言うのは怖い生き物である。
それだけ愛情深いということの裏返しであるともいえる。
しかし、ここまで他者に責任を転嫁するように自分の精神構造を書き換えてしまっていては、こんなものはただの怨念でしかない。
ちなみに、この母親が本質的に願っているのは新しい事故が起きないことではなく、自らの罪が赦されることである。赦された感覚を得ることである。この領分は本来的には宗教の分野であるから、政治にその答えを求めてもつれなくされるだけだ。いつまでたっても赦されない。
ググってみるとこの方がどんだけモンスターペアレントなのかがわかると思う。
そして、“消費者目線”=“感情論”と読みかえると、こんにゃくゼリー規制論がただの感情論にもとづいたものであることがわかる。しかも、この“消費者目線”は“誰”の“目線”なのか?それがまったく明記されていない。
もしかして“何十万、何百万といる消費者全体の総意”という意味でつかわれているのだろうか。あるいは、そういうニュアンスを醸し出す意図で使われているのだろうか?
以下引用。
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「こんな物のために息子の命が奪われてしまったかと思うと…。私が望むのは二度とこんなつらく悲しい事故が起こらないことです」
6月29日、荒井聡消費者担当相に出された手紙の一節だ。差出人は三重県伊勢市の村田由佳さん(49)。平成19年に長男の龍之介君=当時(7)=を、こんにゃくゼリーによる窒息で失った。
消費者庁の発足のきっかけの一つが各地で相次いだ、こんにゃくゼリーによる窒息事故だった。7年以降、少なくとも22人の死亡報告がある「特異な消費者事故」(同庁資料)に対して、“消費者目線”からの安心安全の実現が期待されていた。
こんにゃくゼリーのような食品には、硬さや形状を規制する法令や担当省庁がない。いわゆる“すき間事案”だ。消費者庁には、こうした事案に関し、事業者への改善勧告・命令を出す権限などが与えられた。
庁内では食品の事故防止対策を練るプロジェクトチームで食べ物の硬さや形などの指標をつくるための検討を開始。今年の7月中に指標の結論を出すべく作業が進んだ。
◇
手紙が出されて半月後の7月16日。消費者庁が見解を出した。「法的整備が必要」(泉健太政務官)としながらも、「結論を出すにはデータが不足している」。指標の結論は「年内をめど」に先送りになった。
村田さんが受けた衝撃は察するにあまりある。村田さんはいま「対応できる状態ではない」(担当弁護士)という。
なぜこんなに時間がかかるのか-。法や指標の整備には正確な窒息リスクの把握が必要となる。だが、専門家らの調査が異なる評価を出すなど、リスクを明確に示せないのだ。
消費者庁が導き出した評価は、「こんにゃくゼリーにはモチやアメよりも重い事故につながるリスクがある」というもの。一方で、内閣府の食品安全委員会は「アメと同程度でモチに次ぐ」と、ニュアンスの異なる評価を消費者庁に答申してきた。
食品安全委は食品のリスクを評価する機関で、消費者庁に「意見」を出せる関係。安全委の見解は「こんにゃくゼリー規制だけで、窒息事故は防げるのか」という疑問を投げかけた。
◇
結局、検討作業は膠着(こうちゃく)状態となり、1年前と同じ状態が続いている。そんな行政のもたつきをよそに、こんにゃくゼリー製造者による商品や表示改良は進み、過去約2年間、窒息死亡事故の報告はない。
食品をめぐる課題はほかにもある。発がん性が懸念される成分が検出された花王の食用油「エコナ」。商品に与えられていた「特定保健用食品(特保)」の認定がどうなるかが社会の関心事となった。
特保を所管する消費者庁は昨年10月、特保の再審査手続きに入ることを決定。花王側は即日、自主的に認定を返上した。
だが、肝心の発がん性については、昨年7月から食品安全委で調査中だ。こちらも行政のもたつきをよそに、メーカー側の販売自粛などでこの成分を含む食用油はすでに市場から消えている。
消費者行政で強い権限を与えられた消費者庁。だが、こんにゃくゼリーやエコナをめぐっては、どう権限を行使したらいいか手探りの状態が続いている
消費者庁の活躍に期待していた人たちの中には、そんな状態が歯がゆく見える。国民生活センター理事長の野々山宏弁護士は、「行政が消費者の目線に立ち、消費者もそれを実感できることが大切な課題だった。だが、現段階では十分ではないと思っている」と1年を振り返る。
主婦連合会の山根香織会長も「期待はあるがいまは十分だと思っていない。消費者も『何でもやってくれる』と期待したのに、『トントンと進むものが見えてこない』と思っている」と厳しい見方だ。
× × ×
昭和46年の環境庁(当時)以来の新官庁として、昨年9月1日に誕生した消費者庁。“消費者目線”を期待された省庁の活躍ぶりはどうだったろう。発足から1年を検証する。
■消費者庁 内閣府の外局。相次いだ食品偽装事件などの発生を背景に設置構想が出された。「消費者が安心安全で豊かな消費生活を営むことができるような社会をつくること」を任務にしている。発足当初の担当大臣は野田聖子氏(自民)。政権交代を経て福島瑞穂氏(社民)、荒井聡氏(民主)。正規職員数は約200人。都心の民間ビルに入居しており、当初その賃料(年8億円)が高すぎると国会などで問題視された。
しかし一回だけ、真面目に受け答えされたことがある。「俺だって健全男子なんだからそういうことされるとしんどい」みたいにちょっとネガティブに言ったとき、彼女は困ったような顔で「恋人にはなれないけど、居場所をくれるならそういうことをしてもいい」というようなことを言った。俺は「そういうことじゃない、自分を安売りするな」と、怒ってその場はうやむやになったけど・・・。
やった事ない、だったら教えてやる、俺に任せろってやるのがベストだろ。
んでお前のレベルまで行ってたら何度もしていったら愛着沸く>好きになるみたいなもんだろJK。
お前みたいにA=Bだからって言葉をまんま額面通りに受け取っちゃうやつって頭悪いと思うわ。
タイトル間違ってるんだよ。
じゃなくて、
”手を出せなくてヘタレな俺”
が正解だろ。
じゃぁ離婚しちゃえば。
そんなに嫌で、子供も望めそうにないんなら。
幸か不幸か子供もいないので後ろ髪も惹かれないでしょう。
思い悩むより、夫にぶちまけてから態度で決めればいい。
「察しろ」ってことなんだろうけど、無理そう。
その例えだと、車の前に自ら飛び込んでいって轢かれてもはねられた方に原因がないと言えるのか、とか理屈つけられる気がするけど
男って、多かれ少なかれ、こういうもんだよ。
こうしてほしいのに、なんでわかってくれないの、とかまず無理な話。
具体的に、これがこれでああなんです、だからこうして、とか
理詰めで指示をださないと動かないスットコドッコイが多いでしょ?
いわば「職場の論理」が、家庭とか男女間にはないから、仕方ないといえば仕方ない。
で、奥さんがギャンギャン泣いて修羅場になって、包丁が出てくるまで
事の重大さがわからなかったりする。
放っておいたって絶対解決しないから、
その文章、適宜改変して、これ読めっ!ってわたして、
ついでに皿も二、三枚投げつけて、
そんな大喧嘩をあと二回か三回したら、
もう少し、歩み寄れるんじゃないでしょうか。
うちは、そうでしたよ。