http://anond.hatelabo.jp/20070322163742
それはまさか普通の人じゃないんでしょ?
その地域では普通の人なんじゃないの?
女性の多いところを書くつもりが少ないところでソートされていたこの表。
http://anond.hatelabo.jp/20070306042536
村以外にあがっている都市をみてみるといいと思う。
男多すぎの都市に何があるのか。
先入観だけで言う。怖い。
という格言があるのは職業に貴賎がある(と考える人間がいる)からだ。職業に貴賎があるか否かは天然自然の問題ではない。貴賤という概念がすでに人間特有の物事の捉え方をあらわす言葉である。この格言は職業には貴賤があると考えてしまう人間を戒めるための言葉である。
新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三
新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足
この広い土に伸ばせよ
それ 一 二 三
その中で一件の屋台に、ふと目がとまる。
人間料理を売っているのだろう。垂れ幕にコミカルな人間のイラストが描かれている。
その人間のイラストは、屈託のない、と言っていいような笑顔だった。
瞬間、物凄い違和感に陥った。
怒りでもない。悲しみでもなければ、哀れみでもない。
単純に違和感としか表現出来ないものだった。
しばらく歩きながら、心を落ち着けて考えてみた。
「ああ、単純に、納得出来なかっただけなんだ」
人間が人間を殺すのが当たり前になる瞬間がある。ブッシュが大統領になったからだ。
そんなの誰だってわかってる。自分だってわかってる。
恐らくいつも、こんな問答は繰り返してきたのだ。無意識に。数え切れないほど。
恐らく遠い昔に悩んで、答えを出して、割り切ったのだ。
だから今は悩むことはない。感情より先に理性が処理し、知覚することはない。
しかし今日は。
「でも、あの笑顔はないだろう」と、思ってしまった。
だから処理が遅れた。わずかばかり。感情が溢れてしまった。ほんの少し。
こんな事考えるそれ自体が、人間の傲慢だとわかっていながら。
…こんなに弱い人間だっただろうか、俺は。
その中で一件の屋台に、ふと目がとまる。
豚肉料理を売っているのだろう。垂れ幕にコミカルな豚のイラストが描かれている。
その豚のイラストは、屈託のない、と言っていいような笑顔だった。
瞬間、物凄い違和感に陥った。
怒りでもない。悲しみでもなければ、哀れみでもない。
単純に違和感としか表現出来ないものだった。
しばらく歩きながら、心を落ち着けて考えてみた。
「ああ、単純に、納得出来なかっただけなんだ」
人間が牛や豚を殺すのは当たり前だ。食べないと死ぬから。
だが殺される側の牛や豚は決して笑顔ではないだろう、とも思う。
そんなの誰だってわかってる。自分だってわかってる。
恐らくいつも、こんな問答は繰り返してきたのだ。無意識に。数え切れないほど。
恐らく遠い昔に悩んで、答えを出して、割り切ったのだ。
だから今は悩むことはない。感情より先に理性が処理し、知覚することはない。
しかし今日は。
「でも、あの笑顔はないだろう」と、思ってしまった。
だから処理が遅れた。わずかばかり。感情が溢れてしまった。ほんの少し。
こんな事考えるそれ自体が、人間の傲慢だとわかっていながら。
…こんなに弱い人間だっただろうか、俺は。
なんとなく今は、肉が食べたくない。
http://news.2-3-0.org/comment/comment_200703_597.php
http://d.hatena.ne.jp/Paul3/20070321/p1
http://okwave.jp/qa2835346.html
OKWwebの読み逃げQ&Aが消えている。
やはり釣りだったのか。
6:25。昔の携帯の目覚ましで目覚める(*1)。がばりと身を起こし掛け布団をたたむ。二度寝しないコツだ。布団も乾燥するので万年床でもカビない。お勧めの技(*2)。
ぼーっとしながら、背筋を伸ばしてベッドに腰掛け少し待つ。首の軟骨がごりごりしないように頭の重さを慣れさせるのだ。これをしないで床に散らばった衣類を探したりすると、軟骨の唐揚げを食べたときのような音が頭蓋骨に響き渡るので怖い。
半分開けたカーテンから差し込む光で、昨夜脱ぎ捨てた衣類を探し出し、着る(*3)。
この頃、今の携帯の目覚ましが鳴り出す。2度寝防止用の目覚ましだが、最近は着替えながら止めることが多い。ついでに目覚まし時計の目覚ましも切っておく。3つもあるのは昔、入眠導入剤を飲んでいたときの習慣が続いているせいだ。
そのまま外出用の鞄をつかんで自室を出る。階段を下りて洗面台で身繕いと歯磨き。トイレに入り、そのまま玄関へ。
自宅玄関前の幅1m程度の路地には、まだ朝日は差し込んでいない。見上げるマンションの壁に朝日が輝いている。
自宅前に路駐した自転車に乗り駅へと向かう。6:40。起床してから15分で家を出る。あまり他人には言えない ずぼらな生活だ。
1時間程度電車に揺られ、朝食は職場の席でとる。始業8:30。辺りの席はフレックスでがらがら。そんな一人の時間が一番集中できる。
*1:土日は鳴らない設定に出来たり、携帯の目覚ましはとても便利。
*2:独身だと布団干せない。
*3:独り寝なのに衣類が散らばるってどうよ?
http://anond.hatelabo.jp/20070322164543
うちの田舎は90年代まで土葬だったが、今は火葬に切り替えられている。理由は2つ。
・墓穴を掘る人足がいない
・墓所を開拓する人足がいない
知られていないのかもしれないが、土葬は重労働を要する。
まず、墓穴を掘るのが重労働。墓穴には2mほどの深さと、棺おけを一回り大きくした程度の広さが必要。何にしても若い世代不足のわが田舎では、十数年前にとうとう墓穴を掘る人材がいなくなってしまった。
つぎに、墓所。これは大概その部落のはずれの山の斜面にある。わが田舎では棚田のようなスペースが段々と連なり、一家系で一段を使うようになっているが、その広さには限りがある。当然、いつかは、死者を葬るためのスペースを確保するために、山を切り開かなければなくなる。これまた重労働だ。老人ばかりの土地では、その人材がいない。
火葬への移り変わりは、時代の流れと言うより、このような事情により必要に迫られたものだった。
ざっとぐぐってもソースが見つからないのだが、本当に7年後に火葬が禁止になるのだろうか?
それってかなり大きな問題なのに、なぜあまり騒ぎになってないのだろう?
火葬という手段がなくなれば、土葬にもどらざるを得ない。埋葬するスペースは?墓穴を掘る人手は?土葬の風習が薄れた地域では遺体を運ぶ手順もとまどうだろう。葬式の形、墓のありかた、すべてに影響がある。地上デジタルどころじゃない騒ぎになってもおかしくない。
つーかソースが見つからないから担がれたかな?
いつも応援してくれてありがとうございます。今、一部メディアで私の年齢につきまして色々な報道がされていますが、お騒がせして、申し訳ありません。私の本当の年は1980年9月19日生まれの26歳です。
今まで3歳若く発表していました。理由についてですが、今の事務所に移った時、スタッフと相談して名前も変え、生まれ変わったつもりになり、又、10代の方々に応援してもらいたい気持ちが強く、19歳ということにしてしまいました。
早く皆様に本当の事を言おうと思っていましたが、かえって周りの多くの方々に迷惑がかかるといけないと毎日悩んで、今日まで来てしまいました。本当にすみませんでした。
はなはだ未熟な私ですが、これからの成長を見守って頂けたら、幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。
増田 満寿夫
http://anond.hatelabo.jp/20070321175721 を書いた増田ですが。http://d.hatena.ne.jp/amiyoshida/20070322/1174538914
ただ、物語というのは「敢えて」関わる方を選んで熱くなってしまったほうが断然楽しいと思うんですよ。その様子を見て関わっていない人は「けっ!」って思う人もいるのだと思うけど、ここで強制的に参加させるのはおかしいと思う。すべての人用の万能薬なんてないのだから、ちょいとこの方は他者や作品に期待しすぎじゃないか? さらに言えばそこまでの影響力のある作品の方が怖い。合う人もいれば、合わない人もいる。それを選ぶのは自分っだけなんじゃなかろうか。
「全ての人用の万能薬なんてない」のは知ってるけどそれでも「全ての人用の万能薬」を目指す、というアイロニカルな心の姿勢をクリエイターさんには持っていてほしいなあ、と僕は思うんですが、吉田さんはそうじゃないんですねえ。別に僕にがっかりされても吉田アミさんには関係ないだろうけど、がっかりするなあ、こういう言葉が出てきてしまうのを見ると。
ともあれ、その部分と
そもそも「まなび」自体が他者排除がテーマではなく、他者容認の話しだしなあ。
ではじまるパラグラフを読んで、僕のもやもやの原因はよくわかったので吉田さんにはその点で感謝します。
他者を容認します、でも「他者を容認しない」他者は私たちの目の届かないとこにできるだけいてね、ってことなんだなあ、と。「他者容認」といいながら度量が小さい。
しかし「傷付いた」パフォーマンスうざいなぁ。いや、多分キャラクター的に「傷付いた」と書くからにはパフォーマンスじゃなしに本気で傷付いておられるのだと思うけど、それをいちいち書かれても。「クリエイターも人間だ」というのは正論ですが、別にクリエイターがクリエイターとして扱われる場所で同時に人間扱いされる必要なんてない。クリエイターさんも自分の家族や愛する友人たちの前では存分に「人間」的に振る舞えばいいと思うけど、クリエイターとして発言しているときに「私も人間だから傷付くんですよ」とかいちいち言わんでください。
って、具体例をあげるとなんなんでしょうか。
ロックの歴史なんて、批評その他によって作られた根拠のない虚像の一人歩きとの格闘しかないですよ。ほとんど(ああ、典型的「優越感ゲーム!」と批判されそうなフレーズ。他の書き方を思いつかんから書くけど嫌だなあ。我ながら)。
むしろ、根拠のはっきりした提言が文化を前進させた例を僕は寡聞にして知らんのですが。クリエイターが創作過程で技法をブラッシュアップする作業には、根拠も対案も必要でしょうけど、それは批評だ感想だというのとは違うし。
まあそのへんは枝葉末節だよ。こんなにだらだら反論をオン書きしてるトサカにきたのはこれだよ。
こんなことは多かれ少なかれ社会人なら経験することじゃないか。
だからさー、文化に関する発言を社会人の企画説得スキルと並べんなよ。「創造はどこにでもある」って社会人が自分の仕事に誇りを持つために言うのはありだけど、文化に関わる人間がそんな悲しいこと言うなよー。現実がどうだろうと、そこでこそ嘘をついて欲しいわ。一般的な社会人の基準と芸術の基準は別に動いてます、って言って欲しいわー。途中の話を蒸し返すけど、クリエイターに人間であって欲しくなんてないわー。優しくなんてしたくないわー。
うむ、まあ吉田アミさんと『まなび』がなぜこんなに僕の神経を逆なでするのか、その理由に気がつくことができたという意味ではありがたいお返事でした。重ね重ね吉田アミさんには感謝します。ホントに。皮肉ではなく心の底から。
グラウンドキャニオンの谷底から1200mの高さのところを強化ガラスで歩けるようになるんだと。
http://chiquita.blog17.fc2.com/blog-entry-1431.html
http://edition.cnn.com/2006/TECH/05/11/grand.canyon.skywalk/index.html
http://mytown.asahi.com/usa/news.php?k_id=49000270605170002
http://www.destinationgrandcanyon.com/skywalk.html
あんなところ、どうやっていくんだよ。という気もするけど、、高いところが好きなひとはどうぞ。
ぎにゃーーーーーーーー
http://anond.hatelabo.jp/20070322160848
そういう人もいるみたいですね。
不特定多数と超いたすのは男子中学生にはちょっと刺激が強すぎるかもしれないと思いました。
がんばってください。
それはまさか普通の人じゃないんでしょ?
東京でもファミレスでよれよれのトレーナーにプリンな茶髪のおかーさんが「もおー早くしなあ!おせえんだよ!」とか子供に乱暴に言ってるけどそういう類のガラの悪い系の人だよね?
ただ単に、自分が感じてることとか、思っていることを書き出しているだけなんだけど、
もっと、話聞いてもらいたいとか思うけど、どうやれば自分を思いを
人に伝えれるような文章を書けるのだろうか?
そんなんハルヒちゃう、ハヒルや!